2005安田記念


喜望峰まで1マイル

 NHKマイルCはラインクラフトとデアリングハート、桜花賞の1、3着馬が1、2着を占めた。内国産馬最先着はどれか?なんていっていたのはそんなに昔のことでなかったはずだが、10年とたたない間に大変な様変わりだ。下のグラフは、NHKマイルCと同じ物を載せても芸がないので、データをより単純に年ごとの輸入競走馬の頭数だけにしたもの。描かれた山の形はNHKマイルCで示した「輸入競走馬の登録数に占める割合と1頭あたりの獲得賞金」のグラフに当然ながら似ている。このデータに表れていない背景として、グラフが下り坂になっている部分では、反対にアメリカの市場における馬の価格は大まかにいって上がり続けていた。そうなると、例えば、実用的な価格帯といえる2000万円〜3000万円の予算で買うことのできるターゲットは以前より下に修正せざるをえない。個々の馬の資質は別にして、数の減少に加えて質の低下も避けようがない状況となってしまったわけだ。そのような輸入競走馬の全体的な量×質の低下の影響は3歳戦線ではマイル域を直撃し、他方、牝馬のマイル戦線=桜花賞はマル外の脅威が去るまで内国産クラシックの最後の温床として保護された結果、一定のレベルを維持して推移した。今年のNHKマイルCの結果はこの構図が反映されたものだ。

 このような変化は当然その下流にあるこのレースにも影響が及ぶ。頭数×人気でいえば、今回の最大勢力は間違いなく6歳馬で、これほどの偏りは過去に例を見ない。確かにこの世代は、G1勝ち馬輩出数では96年生まれの20に次ぐ19を数え、水準が高いとはいえるのだが、94年生まれからシーキングザパール、タイキシャトル、ステイゴールド、95年生まれからエルコンドルパサー、アグネスワールド、97年生まれからエイシンプレストン、アグネスデジタルと海外G1勝ち馬が出ていた当時に比較すると、香港遠征に限っても思わしい結果が出せていない。その下の年代がふがいないせいで世代交代を免れているだけという面も否定できない。形としてはNHKマイルCの牡馬マイル路線と同様の、マル外の退場による地盤沈下があると考えておいていいのではないだろうか。

 対照的に香港の競馬は00年のこのレースの勝ち馬フェアリーキングプローンが本格的に世界を舞台にした活躍を初めて以来、レベルアップを続けており、昨年の「世界競走馬ランキング・トップ50」(IFHA=International Federation of Horseracing Authorities)に2頭をランクインさせた。これは03年までのインターナショナル・クラシフィケーションがワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングに改称され、アジア・オセアニア圏が本格的に参加するようになったのに伴って、どうもポピュラリティを得にくいレーティングをより分かりやすく一般受けするように(一応)全世界をカバーした“世界ランキング”として発表されたもの(南アは入っているが南米は入っていない)。トップはBCクラシック勝ちのゴーストザッパー130で、日本からはゼンノロブロイ122、デュランダル120、タップダンスシチー120の3頭が入った。サイレントウィットネスはそこで芝のスプリンター(S)としてはトップの123。ブリッシュラックも I の118で46位タイに滑り込んでいる。格付けだけでいえば、デュランダルを欠く日本勢はホームの利を生かしてどこまでといったところだ。しかも、そういったレーティングの裏付けに乏しかったオリエンタルエクスプレスやフェアリーキングプローン、あるいはジャパンC2着のインディジェナスの例を考えると、アウェーでも何でも走るときは走るし、逆にオリエンタルエクスプレスもフェアリーキングプローンも2年目には凡走しているように、力があっても走らないときは走らないのである。実績的にはサイレントウィットネス、ブリッシュラック、少し離れてボウマンズクロッシングの順で、人気もその順だろう。いや、人気はボウマンズクロッシングが実力差以上に離されるかもしれない。ならば、ボウマンズクロッシングから入る手もある。ここで昨年のスプリンターズSに来日したケープオブグッドホープを思い出したい。香港にいて短距離を走る限りどうしてもサイレントウィットネスには勝てないので国外に新天地を求め、スプリンターズSでは2着とは僅差の3着、今年になってオーストラリアに飛ぶと、G1オーストラリアSを圧勝して、目下“グローバル・スプリント・チャレンジ”のトップに立っている馬である。同じオートン調教師が、重賞を走るようになってどうしても勝てないボウマンズクロッシングに与えたひとつのきっかけが今回の遠征であれば、何らかの深謀遠慮が練られているに違いない。03年の香港マイルではローエングリン、アドマイヤマックス、テレグノシスに実際に先着して2着に突っ込んでいるし、昨年5月のシンガポール国際Cでは3着に追い込み、高温多湿下の海外遠征にも成功している。総合力では見劣っても、手持ちの武器を有効に使えば強敵を倒せる位置にあることは確かだろう。父は国際化2年目で最も豪華な外国馬が揃った94年の来日メンバーで、サクラバクシンオーを捉えて勝ったかと思ったところを並んで追い込んできたノースフライトとトーワダーリンに交わされて3着だったドルフィンストリート。それでもスキーパラダイスやサイエダティといった名牝は押さえての外国馬最先着だった。このレースでデインヒルやヌレイエフといった欧州系ノーザンダンサー血脈が強い傾向を考えると、ストームバード系にも資格ありといえそうだ。母はナスルーラやドイツ血統や昔懐かしいサウンドトラックまで各種血脈取り揃えているので、順応性は高いだろう。

 サイレントウィットネスは怪物コンキスタドールシエロ系にたまに現れる大物で、北半球血脈×オセアニア血脈の流行パターン。▲ブリッシュラックは欧州型の力の血統だけに、少し時計のかかる馬場の方がいいかもしれない。日本勢が意地を示すなら母系にノーザンテーストが入る馬。特に1頭選べばオレハマッテルゼ。ノーザンテーストは祖母ダイナカールの父として隠れている。悲運の姉エガオヲミセテはエリザベス女王杯であわやの3着。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2005.6.5
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