2020ジャパンC


飛行機雲はどこまでも高く奔放に

 1981年に行われた第1回ジャパンカップ勝ち馬メアジードーツUSAは1976年に米国で生まれた牝馬で父ノーダブルはスターキングダム系の1965年生まれ、母の父ティーヴィーラークは1957年生まれでナスルーラの孫だった。1994年にはマーベラスクラウンがミスタープロスペクター直系として初めて勝ち、1999年にはスペシャルウィークがサンデーサイレンスUSA産駒として最初の勝利を収めた。これらの画期を経て、このレースにおける活躍馬の血統は回を追って洗練されていったように見える。雑木林が40年をかけて整然とした人工林に姿を変えたようでもあり、逆に40年後には再び雑木林に戻る可能性もある。雑木林が悪いとか人工林がいいとか、そんな意味は含まない。さて、性と年齢に縛りのない東京芝2400mのこのレースが強い馬を選ぶのに最もふさわしいとするならば、下表に示した通り、最も強い馬は、最も洗練された血統はサンデーサイレンスUSAとミスタープロスペクターの組み合わせのバリエーションから現れる可能性が高い。英愛にはガリレオとデインヒルUSA、北米にはストームキャットとエーピーインディとミスタープロスペクターと、現代の定番といえる地域の代表的な配合様式があって、日本のサンデーサイレンスUSAとミスタープロスペクターの組み合わせもそれらに並ぶ位置まで来たのかもしれない。
 アンブライドルズソングは2013年7月に急死し、2017年にはペガサスワールドカップ-G1とドバイワールドカップ-G1に勝ったアロゲートの活躍により死後初めて北米リーディングサイアーの座についた。タイトルはその1年だけだが、長く北米の生産界を支配する大種牡馬であったのは確かで、ファピアノ〜アンブライドルド系をミスタープロスペクター系の主流に押し上げた存在でもあった。母の父としての活躍は特に日本で目覚ましく、サンデーサイレンスUSA系種牡馬との組み合わせから菊花賞-G1のトーホウジャッカル(父スペシャルウィーク)、朝日杯フューチュリティS-G1のダノンプラチナ(父ディープインパクト)、ジャパンカップ-G1のスワーヴリチャード(父ハーツクライ)を出していたが、真打登場といった形で◎コントレイルが出現した。ディープインパクト×北米リーディングサイアーという形はマイルチャンピオンシップ-G1に勝ったグランアレグリア(母の父タピット)に通じるといえなくもない。南米血統や欧州の比較的マイナーな血統との組み合わせでも成功してきたディープインパクトが、その死後に正統派のベスト・トゥ・ベストに回帰したと見ることもできる。コントレイルの母ロードクロサイトUSAはその父から芦毛を受け継いだが競走馬としては7戦未勝利に終わった。祖母フォークロアは2歳時に7戦してメイトロンS-G1、ブリーダーズCジュヴェナイルフィリーズ-G1など4勝を挙げて米最優秀2歳牝馬に選ばれた名牝。その父ティズナウはブリーダーズCクラシック-G1連覇の名馬でインリアリティ系の貴重な血を伝える。3代母コントライヴはこれもディープインパクトとの相性の良さで知られるストームキャットの産駒で、その孫に今年のブリーダーズCジュヴェナイル-G1に勝ったエッセンシャルクオリティが出ている。かつては海外の牝系の勢いが国内に波及することはよくあったが、今や日本での牝系の勢いが母国に逆輸入されるようになったのだ。


サンデーサイレンスUSA系ミスタープロスペクター系の組み合わせ
年度着順馬名性齢母の父人気
2003ザッツザプレンティ牡3ダンスインザダーク[SS]Miswaki[MP]5
2004ゼンノロブロイ牡4サンデーサイレンスUSAマイニングUSA[MP]1
2005ゼンノロブロイ牡5サンデーサイレンスUSAマイニングUSA[MP]1
2007アドマイヤムーン牡4エンドスウィープUSA[MP]サンデーサイレンスUSA5
2010ローズキングダム牡3キングカメハメハ[MP]サンデーサイレンスUSA4
ヴィクトワールピサ牡3ネオユニヴァース[SS]Machiavellian[MP]8
2013デニムアンドルビー牝3ディープインパクト[SS]キングカメハメハ[MP]7
2014スピルバーグ牡5ディープインパクト[SS]Lycius[MP]6
2015ラストインパクト牡5ディープインパクト[SS]ティンバーカントリーUSA[MP]7
ラブリーデイ牡5キングカメハメハ[MP]ダンスインザダーク[SS]1
2016シュヴァルグラン牡4ハーツクライ[SS]Machiavellian[MP]6
2017シュヴァルグラン牡5ハーツクライ[SS]Machiavellian[MP]5
2018アーモンドアイ牝3ロードカナロア[MP]サンデーサイレンスUSA1
キセキ牡4ルーラーシップ[MP]ディープインパクト[SS]4
スワーヴリチャード牡4ハーツクライ[SS]Unbridled's Song[MP]2
2019スワーヴリチャード牡5ハーツクライ[SS]Unbridled's Song[MP]3
カレンブーケドール牝3ディープインパクト[SS]母がMP5×3×45
ワグネリアン牡4ディープインパクト[SS]キングカメハメハ[MP]2
[SS]はサンデーサイレンスUSA系、[MP]はミスタープロスペクター系

 今が洗練のピークにあるのかもしれない日本馬の血統は、今年ついにサンデーサイレンスUSAの近交(4×3)によるクラシック馬の出現を見た。三冠牝馬○デアリングタクトだ。その父系はシンボリクリスエスUSAからクリスエスを経てロベルトに遡り、母デアリングバードの父キングカメハメハはわが国で最も成功したミスタープロスペクター系といえる。祖母デアリングハートはサンデーサイレンスUSA産駒としてはディープインパクトと同期、桜花賞ではラインクラフト、シーザリオに続く3着となった。シーザリオはその後、優駿牝馬とアメリカンオークス-G1に勝ち、本馬の父エピファネイアやリオンディーズ、サートゥルナーリアを生んだ。3代母デアリングダンジグの産駒にはスーパーダービー-G1のエクトンパーク、武蔵野Sのピットファイター、4代母インペチュアスギャルの産駒にはレディーズH-G1などG1・3勝のバンカーズレディがいる。活躍馬が続く牝系の上に、サンデーサイレンスUSAの近交とロベルト系×ミスタープロスペクター系のニックスを重ねていて、その米国色の濃さが、米国の名牝によくある連戦連勝型として出たといえなくもない。

 ロードカナロア産駒の▲アーモンドアイはキングカメハメハ×サンデーサイレンスUSAにストームキャットが加わる最先端様式であり、祖母からヌレエフが入り、3代母セックスアピール、4代母ベストインショウと遡る牝系は米国屈指の国際的名門。ジャパンカップ-G1ではアーモンドアイ自身が驚異的なレコード勝ちがあるだけでなく、母フサイチパンドラも3歳時にはエリザベス女王杯を勝利したあと、ディープインパクトから0秒8差の5着に入り、同期の2冠馬メイショウサムソンにはハナ差先着している。3歳時のような破天荒な強さを示すことは少なくなってきたが、年を重ねて経済的に勝つことを覚えたともいえる。

 洗練された日本血統の中でも特に整った高級なものが揃う芝の中長距離部門で雑木林にあるような血統を見つけるのはもはや至難の業だが、少し他と違う面白みという意味では△ミッキースワローに期待したい。3代目にノーザンテーストCANとトニービンIREの名がみえるあたり、10年ほど過去に戻ったプチ懐古趣味の良さがある。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2020.11.29
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