2016エリザベス女王杯


潮流は変わったか

 ヌーヴォレコルトの出走したブリーダーズCフィリー&メアターフ-G1に勝ったクイーンズトラストはその勝利がデビュー以来2勝目でしかなかった英国の3歳馬。G1善戦歴があるが重賞未勝利という微妙な立場の馬をそのカテゴリーのチャンピオン決定戦にぶつけて勝たせるのだから、その用兵策など、外国に学ぶことはまだまだ多い。クイーンズトラストの父ダンシリは父デインヒルUSA、母ハシリという血統で、重賞はフランスのミュゲ賞-G2、メシドール賞-G3、エドモンブラン賞-G3に勝ち、G1ではサセックスS-G1、フォレ賞-G1、プールデッセデープーラン-G1(仏2000ギニー)などいずれも2着に終わっていた。この血統の驚異的なところはきょうだいが軒並み成功したことで、全妹バンクスヒルはジャックルマロワ賞-G1、BCフィリー&メアターフ-G1などG1・3勝、半妹ヒートヘイズ(父グリーンデザート)はビヴァリーD.S-G1などG1・2勝、全妹インターコンチネンタルはBCフィリー&メアターフ-G1、メイトリアークS-G1のG1・2勝、全弟カシクはマンハッタンH-G1などG1・2勝、全弟シャンゼリゼはカナディアン国際S-G1などG1・3勝と、デインヒルUSAに代表されるダンチヒ系種牡馬と母ハシリの組み合わせで5頭のG1勝ち馬が生まれた。牡馬の全兄弟ダンシリ、カシク、シャンゼリゼは3頭揃って種牡馬となり、それぞれ産駒にG1勝ち馬が現れている。全兄弟による種牡馬としての成功はサドラーズウェルズとフェアリーキング、クリスとダイイシスなど遡ればいくつも例は現れるものの、それでも10年に一組程度の頻度でしかないから、珍しいといえば珍しい。かつての日本では大種牡馬の代用品的に全兄弟が輸入される例は多く、思いつくまま挙げればパーソロンIREの全兄ミステリーGB、全弟ペールIRE、全弟マイフラッシュIREといった大移動をはじめ、ノーザンダンサーの全弟ノーザンネイティヴCAN、ニジンスキーのミンスキーCAN、ノーザンテーストのサドンソーCAN、ブラッシンググルームの全兄ベイラーンIRE、アリダーの全兄ホープフリーオンUSAなどがあって、それぞれ大成功まではいかなくても、そこそこの成功は収めた。内国産だと例は少なく、アローエクスプレスと全弟トルーエクスプレス、アグネスタキオンと全兄アグネスフライトなどはどちらも片方が重賞勝ち馬を出すに至っていない。

 前置きが長くなったが、ディープインパクトとそのあとから種牡馬入りした全兄ブラックタイドは昨年めでたく両方の産駒がG1勝ちを達成。これは日本の競馬では画期的なことだ。ディープインパクトの説明は省くとして、その全兄に関してはここでおさらいしておきましょう。ブラックタイドは2001年のセレクトセール当歳セッションで1億185万円で購買され、この時点ではディープインパクトより3000万円ほど高かった。2歳12月にデビューすると新馬勝ち、ラジオたんぱ杯2歳Sで4着、若駒Sに勝ち、きさらぎ賞2着、スプリングSにも勝って、皐月賞では2番人気だった。その皐月賞でダイワメジャーの16着に終わると、屈腱炎を発症して長い休養に入る。2年3カ月ぶりにダートの関越Sで復帰すると、その後は芝のオープンや重賞で好走するものの勝てず、2008年、7歳6月の目黒記念8着を最後に引退する。種牡馬入りしてからは下表の通りディープインパクトの全兄の重賞勝ち馬としては安価な種付料ということもあってコンスタントに3桁の種付けをこなす人気種牡馬となった。そうはいってもディープインパクトほどの才気や瞬発力を感じさせる産駒は少なく、値段なりという時期が続いた。そこに転機をもたらしたのが2011年種付けの2012年生まれ世代。ここからはデイリー杯2歳S-G2に勝ったタガノエスプレッソ、ホープフルS-G22着のコメートが出たのに続いて真打キタサンブラックが登場。クラシックの最前線で活躍して菊花賞-G1を制し、今年の春も天皇賞-G1に勝った。天皇賞(春)-G1には弟の産駒はまだ勝っていないので、まともに比較しては弟に太刀打ちできなくても、部分的には弟より優れている場合もあるわけだ。アスカビレンは昨年秋の時点で秋華賞-G1出走までこぎつけ、この夏の連勝でオープンに上がってきた。母の父スウェプトオーヴァーボードUSAは、産駒にこの秋スプリンターズSに勝ったレッドファルクスが現れ、その結果によってエンドスウィープUSAの血を引く貴重な存在だったと再評価されることになりそうだ。祖母の父は名馬ナシュワンで、その母ハイトオブファッションは英G2プリンセスウェールズなど重賞3勝を挙げた。父の祖母バーグクレアはその姉なので、両者の母で英1000ギニー勝ち馬ハイクレアの4×5となる。3代母トゥルーリースペシャルはカーリアン産駒で仏G3勝ち馬。その子孫には愛オークス-G1勝ち馬ムーンストーンをはじめ多くの活躍馬がいる。派手な良血ではないが、血統表をじっくり見ると高級なのが伝わってくる上品さがあり、ブラックタイド2012年産の新たな逸品がここでベールを脱ぐことになるのかもしれない。


種牡馬兄弟の比較
ブラックタイド 黒鹿毛 2001.3.29生 ディープインパクト 鹿毛 2002.3.25生
収得賞金
(円)
G勝馬
頭数
勝馬
頭数
出走
頭数
生産
頭数
種付
頭数
種付
種付
年度
種付
種付
頭数
生産
頭数
出走
頭数
勝馬
頭数
G勝馬
頭数
収得賞金
(円)
       20071200215152134104136,468,272,500
       20081200232161149105177,983,287,500
752,706,0001527079150802009100017111811391105,628,959,000
668,530,5001507894143802010900219140132102115,631,721,000
1,333,465,0002599710516680201110002291511359393,821,554,000
454,644,000064109115170802012100024615913794123,324,996,000
91,319,0000839761251002013150026218149190202,685,000
073122100201420002551760
001941502015250026100
     10130020163000230     
3,300,664,50012233393  (万円)合計(万円)  8496087433,061,475,000
※種付料、2016年度種付け頭数は週刊競馬ブック「日高通信365」、それ以外はJBISサーチ(11月8日現在)を参照。出走頭数、勝馬頭数、収得賞金の項は平地のみ。

 ここから弟ディープインパクトの産駒に流す。スノーフェアリーIREの連覇を別にしても、フサイチパンドラ、スイープトウショウからラキシス、ヌーヴォレコルトまで2年続けて馬券圏内に入る例は多い。実力ナンバーワンのマリアライトは兄クリソライトや叔父アロンダイトらの成績を見直すと長く安定して頂点に君臨するタイプではないかもしれない。

 ▲タッチングスピーチは母がフィリーズマイル-G1勝ち馬リッスンIREで一族には英2000ギニー-G1のヘンリーザナヴィゲイターやBCターフ-G1のマジシャンなどG1勝ち馬がズラリ。ミッキークイーンは母がドラール賞-G2など重賞3勝。ヌレエフ系×ミスタープロスペクター系ながらマイナー血統という点が意外に父の嗜好に合う部分であり、リヴァーマンの血が隠れているのも妙味。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2016.11.13
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