2009高松宮記念


ヘイロー王の覚醒

 このところ6年サンデーサイレンスUSA系の連対が続いたが、本来スプリント戦というのは、ひと握りの専門的スプリント血統を除くと、多様な系統から偶発的に一流馬が飛び出す確率の高い分野。サンデーサイレンスUSAが種牡馬ランキングの20位台にとどまり、直仔の種牡馬群にその威力が分散された今年あたりは、そろそろ流れが変わるのかもしれない。
 キングヘイローは00年のこのレースの勝ち馬。80年代欧州最強馬ダンシングブレーヴUSAと米G1・7勝の名牝グッバイヘイローUSAとの間に生まれた超良血馬は、デビューから3連勝を飾ったもののクラシックでは勝てず、4歳を迎えて東京新聞杯と中山記念を連勝して臨んだ安田記念では惨敗し、秋にはマイルチャンピオンシップ2着、スプリンターズS3着と惜しい競馬を続け、ダートに転じてフェブラリーSに出走すると大敗。次に挑んだ高松宮記念を後方から差し切って、ようやくその血統に見合うタイトルを手に入れた。このようなサラブレッド版貴種流離譚というか生涯を通じて波乱に支配される傾向は、その父のダンシングブレーヴUSAに似た部分。ダンシングブレーヴUSAは下表に示した通り競走馬として頂点を極め、マリー病に罹患して種牡馬失格の烙印を押され日本に輸出、すると欧州に残された90年生まれの産駒が大活躍、日本でも体調と相談しながらの種付けから年に1頭は大物を送り出し、99年に没した。桁外れの競走能力と健康面の波の間で大きく浮き沈みしたということでしょうな。コマンダーインチーフGBが97年生まれの産駒からマイネルコンバットとレギュラーメンバーを出し、ホワイトマズルGBは99年生まれからスマイルトゥモローとイングランディーレを送ったように、種牡馬としても良いときは徹底的に良く、複数の大物が現れる。キングヘイローの最高傑作は03年生まれのカワカミプリンセスだが、今回もいましたね、同い年の牝馬が。ヘイローフジは祖母コニーズギフトが米G2ルイヴィルBCS勝ち馬。4代母ホームスパンの子孫から愛セントレジャーのマシャーラー、米G1オークリーフSのフォークアート、英2000ギニーのマークオブエスティーム、朝日杯のエイシンチャンプUSAらが出る名門牝系。そこにバックパサー、ニジンスキー、シーキングザゴールドと最高級の種牡馬ばかりを配合されてきたのがこの母アサカフジUSA。この父との配合によって血統表を埋め尽くした名血にはくらくらするくらい。G1で一発があって驚けない。ちなみに、この馬は三冠馬ミスターシービーなどによって知る人ぞ知る配合様式となった(?)“父母同期生配合”。統計的にはあんまり意味なさそうな気もするが、生年だけでなく勝負服も一緒という例には天皇賞馬メジロマックイーン(父メジロティターン×母メジロオーロラ、ともに1978年生)、エリザベス女王杯のサクラキャンドル(サクラユタカオー×サクラクレアー、1982)、愛G1勝ちの日本産馬シーヴァ(ヘクタープロテクターUSA×ランジェリーGB、1988)などがある。


ダンシングブレーヴUSA系に現れた大物一覧
ダンシングブレーヴUSA Dancing Brave(牡、1983〜1999年、鹿毛、米国産、父Lyphard)
      英仏米で2、3歳時10戦8勝、凱旋門賞G1、キングジョージVI世&クイーンエリザ
      ベスSG1、エクリプスSG1、英2000ギニーG1、セレクトSG3、クレーヴンSG3。
  コマンダーインチーフGB Commander in Chief(牡、1990、鹿、英国産)英愛で6戦5勝、
   |   英ダービーG1、愛ダービーG1
   | アインブライド(牝、1995、鹿)阪神3歳牝馬S
   | マイネルコンバット(牡、1997、鹿)ジャパンダートダービー
   | レギュラーメンバー(牡、1997、黒鹿)川崎記念、JBCクラシック、ダービーグランプリ
  ホワイトマズルGB White Muzzle(牡、1990年生、鹿、英国産)英伊仏日米加で17戦6勝。
   |   伊ダービーG1、ドーヴィル大賞G2
   | スマイルトゥモロー(牝、1999、鹿)優駿牝馬、フラワーC
   | イングランディーレ(牡、1999、鹿)天皇賞(春)、日経賞、ブリーダーズゴールドC、ダイ
   |   ヤモンドS、白山大賞典
   | シャドウゲイト(牡、2002、黒鹿)シンガポール航空国際CG1、中山金杯G3
   | アサクサキングス(牡、2004、鹿)菊花賞、阪神大賞典G2、京都記念G2、きさらぎ賞
  Ivanka イヴァンカ(牝、1990、鹿、愛国産)フィリーズマイルG1
  Wemyss Bight ウィームズバイト(牝、1990、鹿、英国産)愛オークスG1、マルレ賞G2、
   |   ペネロープ賞G3、クレオパトル賞G3
  チェロキーローズII IRE Cherokee Rose(牝、1991、鹿、愛国産)モーリスドギース賞
   |   G1、スプリントCG1、パレロワイヤル賞G3、ポルトマヨ賞G3
  エリモシック(牝、1993、青鹿)エリザベス女王杯
  キョウエイマーチ(牝、1994、鹿)桜花賞、京都金杯、阪急杯、ローズS、4歳牝馬S
  キングヘイロー(牡、1995、鹿)高松宮記念、中山記念、東京新聞杯、東スポ杯2歳S
    カワカミプリンセス(牝、2003、鹿)オークス、秋華賞
※G1/Jpn1勝ち馬のみ

 近年のスプリント界の世界的趨勢として、南半球馬の北半球への進出というのがある。日本でもサイレントウィットネスAUSやテイクオーバーターゲットAUSなどのオーストラリア血統が来ればあっさり勝たれているし、短距離界の層がすっかり薄くなったイギリスでも多くのオーストラリア馬が遠征を成功させている。ビービーガルダンは母オールザチャットNZが1200mの豪G3スイートエンブレースS勝ち馬。その父ウエストミンスターはマニカトSやレイルウェイSといったG1勝ちのある名スプリンターで、サートリストラム、ビスマルクといったオセアニアを代表する血脈で構成されている。祖母の父ローリーズジェスターも大種牡馬。そして、祖母の産駒にニュージーランドダービーなどG1・2勝のワヒドが出る牝系も優秀。伝統的オセアニア血脈で固められているので、ダンチヒ直系でボールルーラー4×3を持った北米血脈の父チーフベアハートCANとは共通点が少ない。逆にそのギャップがアウトブリードの妙を最大限に引き出しているのかもしれない。

 たとえばドバイでウオッカが勝つとする。それに呼応して日本でも同じファミリーが活躍というのはあり得る話。トウショウカレッジは祖母の曾孫がウオッカ。こちらがむしろ本家筋で、祖母の産駒に桜花賞馬シスタートウショウもいる。母の父サクラバクシンオーは中京1200mの強さに定評があり、02年の勝ち馬ショウナンカンプはその直仔。父ラストタイクーンIREはシャトル供用で最初に大成功した世界的大種牡馬で、日本でも桜花賞馬アローキャリーを出した。

 ヘイローフジに父娘制覇、ローレルゲレイロに父息子制覇がかかるとすると、ファリダットには母息子制覇がかかる。サラブレッド血統センター藤井正弘さんによれば、牡牝混合G1の母子(息子でも娘でも)制覇に成功すれば、これは史上初の快挙となるらしい。幸いビリーヴはこことスプリンターズSにも勝っているので、母子制覇のチャンスも倍あるわけだ。出走馬中唯一の母の父サンデーサイレンスUSAという点も不気味。

 ファリダットを狙うとすると、一緒に走れば必ず差のないところにいるスプリングソングも買っておきたいが、大穴ならソルジャーズソング。父サンデーサイレンスUSAの産駒は今年JRAの平地で未勝利。最年少が6歳という残存兵力の年齢構成を考えれば仕方がない面もあるが、逆にいうとWBC決勝10回に見せたイチローばりの驚異的一撃があるかもしれない。


競馬ブック増刊号「血統をよむ」2009.3.30
©Keiba Book