2007宝塚記念


お騒がせ王女の復権

 今年上半期最大のトピックといえば64年ぶりの牝馬による日本ダービー制覇。その2週間後にはベルモントSも牝馬が勝ち、こちらは102年ぶりのことだった。いずれも父娘制覇のおまけ付きで、特に後者ラグズトゥリッチズは父エーピーインディ、祖父シアトルスルーの父系3代クラシック制覇の快挙。牝馬の強い年なのだろうか。あるいは“父仔”がキーワードとなるのだろうか。宝塚記念48回の歴史で父仔制覇はまだない(母仔では66年エイトクラウン、75年ナオキの例がある)。今回有資格馬はマイソールサウンドのみで、さすがにこれは何というか、無理がある。そこで牝馬ということになるわけだが、ウオッカに飛びつく前に、近年の海外の“ダービー牝馬”のその後を見てみよう。

・80年ケンタッキーダービー馬ジェニュインリスク……次走プリークネスS2着

・88年ケンタッキーダービー馬ウイニングカラーズ……次走プリークネスS2着

・90年愛ダービー馬サルサビル……次走ヴェルメーユ賞1着

・94年愛ダービー馬バランシーン……次走プリンスオブウェールズS5着

・97年独ダービー馬ボルジア……次走ヨーロッパ選手権2着

 秋まで休んだサルサビル以外、全て牡馬のリベンジに遭った。牝馬でなくても負ける場合の方が多いのだから、むしろ激戦の後にもかかわらずおおむね健闘していると考えることもできるが、引退までの成績をたどると、やはりダービーがピークだったというケースがほとんど。ウオッカの底知れない能力には敬意を表しつつ、先に大仕事が待っていることでもあり、ここは過剰な期待をかけずに留めておきたい。

 もう1頭の牝馬カワカミプリンセスはすっかりウオッカの陰に隠れてしまったが、休み明けでたった1回凡走しただけだ。一昨年のダービーとオークス、馬場状態の違いを無視して乱暴に時計だけを比較すると、メイショウサムソンの2:27.9に対して2:26.2。降着になったエリザベス女王杯で0秒2抑えたフサイチパンドラはジャパンCでメイショウサムソンにハナ差先着している。安田記念と0秒2しか時計の違わないヴィクトリアマイルの1、2、4着を4歳が占めたように、世代のレベルも高い。これなら未知の牡馬一線級相手でも十分勝負になる。母はシアトルスルー×セクレタリアト。この米三冠馬同士の配合はラグズトゥリッチズの父エーピーインディと同じ組み合わせ。男性的な血統に見えながら、エーピーインディ産駒のG1勝ち馬18頭のうち11頭が牝馬という偏りを考えると、牝馬で良さが生きる血統ということができる。祖母はG3ボウゲイHに2勝した芝馬で、4代母はG1スピンスターSに勝ったサマーゲストという牝系も上質。3代母の父としてリボー系キートゥザミントの血が入るのも底力を感じさせる。父はダンシングブレーヴ×グッバイヘイローというG1合計11勝のメーティング。エーピーインディ血脈+ノーザンダンサーの配合はエーピーインディ×デピュティミニスターのラグズトゥリッチズを天地逆さまにしたパターンで、近年のG1勝ち馬の流行アイテム・ヘイルトゥリーズンのインブリードも4×5で持っている。男勝りの大駆けを期待するとすればこれ。

 サンデーサイレンス産駒は過去10年の3着以内に12頭。占有率40%の最大勢力で、古馬G1ではその影響力はまだまだ軽く扱えない。もうひとつ重要な血脈を挙げるとすれば、娘の産駒エアグルーヴ、ジョービッグバン、ナリタセンチュリーの3頭が(3)(3)(2)着に入っているノーザンテースト。上級馬における流通量そのものが多いという背景はあるにせよ、夏競馬に移行しつつある時期だけに、これはこの血統特有の頑健さが効果を上げていると考えることもできる。ダイワメジャーはサンデーサイレンス×ノーザンテーストの最後で最大の成功例。祖母の父クリムゾンサタンは距離適性の上で足枷となり得るが、“スカーレット一族”のもう一方の繁栄分枝であるヴァーミリアンやサカラートの長距離への進出を見ると、サンデーサイレンス血脈の導入によって、その問題は乗り越えられつつあると見ていい。勢いのある血統は、既成の枠を少しずつはみ出し、勢力と守備範囲を広げていくものだ。

 ▲メイショウサムソンはキングジョージY世&クイーンエリザベスSのオペラハウスと凱旋門賞馬ダンシングブレーヴの組み合わせ。父の母カラースピンが愛オークスを勝った2週間後に同じエデリーを鞍上にダンシングブレーヴは“キングジョージ”を勝っていて、血統表2代目での変則同期生配合となる。本格派というよりもはや古典的な欧州2400m型ステイヤー血統で、この秋もし凱旋門賞に勝っても現地の血統通は驚かないのではないか。今年のダービー馬と同じフロリースカップ系で、ウオッカはワカシラオキの分枝、こちらは天皇賞と有馬記念に勝った名牝ガーネットの分枝となる。3歳秋の不振、僅差での勝利など、ここまではオペラハウス産駒の大先輩テイエムオペラオーの蹄跡をほぼ忠実にたどってきており、ひょっとすると当分無敗で突っ走るのではないかとも思う。ただ、重厚な欧州血統が主体となった配合なので、高速戦や瞬発力の争いとなると信頼し切れない部分が残るのも事実。

 同じサドラーズウェルズ系と呼んではいけないのだが、フェアリーキングはサドラーズウェルズの全弟で、初期には兄とは傾向の異なる快足馬を多く出しながら、加齢とともに兄に似てステイヤー色を強めた。ポップロックの父エリシオは凱旋門賞馬で、初年度産駒には快足ヘルスウォールが出たが、間もなく傾向を改め、この馬やヴィクトリアダービーのヘレヌスのようなステイヤーを出している。あまりにもサンプル不足なので、そういうこともあるんだねという程度のことだが、ステイヤーとして大成すれば世界レベルの力を備えるようになるのはさすが凱旋門賞5馬身差圧勝の名馬というべき。日本向きの軽快さを補う母の父サンデーサイレンスの存在も大きい。この配合にも父にシアトルスルー、母にセクレタリアトというボールドルーラー系米三冠馬同士の組み合わせが潜んでいて、この距離に対応するスピードもないわけではない。

 不気味なサンデーサイレンス直仔がスウィフトカレント。半兄アサクサデンエンは安田記念勝ち馬だが、母は4歳夏に2700mの仏G2ポモーヌ賞に勝ったステイヤー。母の父マキアヴェリアンは欧州系ミスタープロスペクター直仔として芝、ダート、距離の長短を問わず最も多彩な成功を収め、ドバイワールドCに勝ったストリートクライの産駒ストリートセンスが今年のケンタッキーダービーを制した。母の父としても優秀で、一昨年の仏2冠馬シャマーダル、昨年のBCターフ勝ち馬レッドロックスなど多くの活躍馬を送っている。祖母の父バスティノは、祖母の父がバステッド(バスティノの父)のディープインパクトに通じる。

 大穴ならインティライミ。“ディープ・ショック”から立ち直るのに時間がかかっているが、母の父は復元力に優れたノーザンテースト。シャダイチャッターやスピークリーズンといった夏の重賞勝ち馬が出る牝系でもある。


競馬ブック増刊号「血統をよむ」2007.6.24
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