2006秋華賞


日はまた昇る

 7月3日の朝はグリーンチャンネルの前で祈っていた。G1アメリカンオークスの当日である。競馬の神様に「何としてもアサヒライジングが勝ちますように」、更に余計なことに「今年このあと日本の馬が海外で勝てなくても構わないので、どうかひとつ……」と願った。これは特にアサヒライジングが好きだとか利害関係があるとかではなく、アメリカの競馬雑誌、たとえばブラッドホース誌の成績・血統欄に載ったアサヒライジングの4代血統表を見たかったから。その血統は下に示した通りサンデーサイレンスの両親以外は全部カナ表記。これが欧文となって、堂々たるG1ウイナーの血統表としてブラッドホース誌の1ページを占めるのである。同誌の血統表なら簡単な競走成績と繁殖成績が添えられているので、たとえばロッチテスコやミナガワマンナ、アサヒタマナーのそれも、米国競馬関係者およびブラッドホース愛読者の知るところとなる(あまりにもエキゾチックな血統の場合はUnknown=不明ですまされることもあるが)。大げさにいえば、1頭の栄光にとどまらず、日本馬産の歴史(の一部)に光が当たることになるわけだ。何と素晴らしい。しかし、悲しいかな何ごとかを祈るにあたっての正しい手順や作法を知らないため、どうもお願いの後半だけが聞き入れられてしまったようだ。ハーツクライやディープインパクトには申し訳ないことをした。もちろん私のせいだけではないと思うが、私の責任の及ぶ範囲において心からお詫び申し上げます。

ロイヤルタッチ
 黒鹿毛 1993
サンデーサイレンスUSA
 青鹿毛 1986
Halo
Wishing Well
パワフルレディ
 黒鹿毛 1981
マルゼンスキー
ロッチテスコ
アサヒマーキュリー
 栗毛 1991
ミナガワマンナ
 鹿毛 1978
シンザン
ロングマンナ
タニワーデン
 栗毛 1978
ボンモーFR
アサヒタマナー
(欧文血統表は http://www.pedigreequery.com/ へ)

 さて、アサヒライジングのアメリカンオークスの結果について、当時は何という乗り方をしてくれるのかという感想が第一にあったが、今にして思うと、つくづく相手が悪かったのだと分かる。あのとき一瞬のうちに抜け出して、追い込むアサヒライジングに4½馬身の差を保って圧勝したウェイトアホワイルは、その後8月18日のG2レークプラシッドSを同世代相手に4¾馬身ぶっち切り、9月30日のG1イエローリボンSでは年長のG1勝ち馬ダンシングエディー以下にこれまた4½馬身差をつけて圧勝した。このままの勢いなら、11月のG1ブリーダーズCフィリー&メアターフで欧州勢も蹴散らしてしまうかもしれない。その相手に2着なら値千金の大健闘と再評価すべきだろう。もっとも、父のロイヤルタッチが三冠では(2)(4)(2)と勝ち切れなかったこと、この牝系の代表的存在であるアサヒエンペラーがダービーと皐月賞で3着、天皇賞(春)で2着とやはり無冠に終わったことを見ると、何か宿命的なものがあるようにも思える。ただ、凱旋門賞に勝ったレイルリンクの父ダンシリは仏2000ギニー2着、ムーランドロンシャン賞2着とどうしてもG1に勝てない馬だったし、牝系も4代母の産駒に歴史的名牝ダリアが出て以降はずっとG1に縁がなかった。それがレイルリンクと同い年のイトコのリンダズラッドの2頭が立て続けにG1に勝った。そんな例もある。アサヒライジングは4代母まで遡ればその産駒に皐月賞馬ワイルドモアが出ているし、父の半兄はダービー馬ウイニングチケット。母の父は菊花賞馬ミナガワマンナで、祖母はボンモーの娘。ワイルドリスクの近交を生じるこれらのステイヤー血脈が、秋の飛躍への起爆剤となるだろう。

 01年の勝ち馬テイエムオーシャン、第1回の2着馬エリモシック、第2回で2着のキョウエイマーチはダンシングブレーヴ直仔。一昨年の勝ち馬スイープトウショウは母の父がダンシングブレーヴ。オークスほどではないが、このレースにはこの血脈の相性が良い。歴史的大穴を開けたブゼンキャンドルはモガミ産駒だから、リファール系に穴狙いの妙味があると考えることもできる。ダンシングブレーヴといえば今やキングヘイローだが、それはひとまずおいて、ここはサンドリオンとしたい。父コマンダーインチーフはG1・3勝のレギュラーメンバーを筆頭に、すっかりダートサイアーとしての地位を確立したが、芝で穴を開けるケースも多い。自身、3歳4月のデビューから連戦連勝を続け、無傷の4勝目が英ダービー、5勝目が愛ダービーだった。カワカミプリンセスも示しているように、連勝血統ダンシングブレーヴのキャッチフレーズはこの父が作ったようなものなのである。一方の牝系は、近いところでは京都新聞杯2着のパルスビートなど堅実でも重賞勝ちには至らないものが多いが、祖母の産駒にサクラサニーオー、孫にダンディコマンドが出ていて、5代母の産駒には米国の歴史的名馬スワップスがいる。もともとはクラシック級のスケールを備えた牝系だけに、ダンシングブレーヴ血脈導入によって、連勝続行の可能性は増した。

 ▲カワカミプリンセスの父系祖父ダンシングブレーヴは デビューから凱旋門賞まで7連勝した デビューから2000ギニーまで4連勝、ダービー2着を挟んで凱旋門賞まで再び4連勝した(10月16日訂正)。父の母グッバイヘイローは3歳春のG1ラスヴァージネスSまで4連勝、そして、G1サンタアニタオークス3着を挟んでケンタッキーオークス、マザーグースS、CCAオークスとG1・3連勝をやってのけた。グッバイヘイローの通算成績は24戦11勝と、負けの方が多いが、同期にウイニングカラーズやメイプルジンスキー、上の世代にパーソナルエンスンやバヤコアのいる米国牝馬最強時代を戦い抜いてのものだけに、その価値が色褪せることはない。母の父シアトルスルーは無敗の9連勝で米三冠を達成し、その娘の産駒シガーは16連勝で90年代中期の米国に君臨した。祖母の父で米三冠馬のセクレタリアトはときどき負けたが初勝利から3歳春まで10戦連続1位入線(シャンペンSで2着に降着がある)。3代母の父キートゥザミントは米三冠では成長途上だったが、夏のニューヨークでの4連勝が利いてその年の3歳チャンピオンに選ばれている。このように連勝血統コレクションともいうべき配合なので、休み明けの不利をあっさり克服して連勝を伸ばしても驚くには当たらない。

 フサイチパンドラは前走が3着とはいっても0秒8差の完敗。しかし、これはあまり今回と関係がない。オークスで示したパフォーマンスに比べると差があり過ぎるので、この馬にはよくある真剣に走らなかったケースと考えておく必要がある。同じサンデーサイレンス×ヌレエフの配合で武豊さえ手こずらせる気難しさで知られたトゥザヴィクトリーと、種類は違うが同じレベルの難しさを持っているようだ。ただ、伯父に欧州3歳チャンピオン・エルグランセニョールがいる名血だけに、本気で走ればアッサリ押し切るだけの底力は持っている。で、今回は走るのかというと、それも何ともいえない。これまで初コースで好走する例が多かったのは、競馬場に慣れていないことによる緊張感がある程度の真剣さを呼んだのだとすると、今回は2度走ったことのある京都でしかも周りは見たことのある顔ばかり。緊張感を削ぐシチュエーションではある。これでダメなら、年長馬とか牡馬にぶつけて危機感を引き出すか、いっそ海外遠征という手もある。

 キストゥヘヴンは鋭いが繊細なアドマイヤベガ産駒。オークスは距離よりも桜花賞の目に見えない疲れが抜けきらなかったのだろう。この秋はH.ルーロ師の名言「レモンは絞り尽くしてはいけない」に沿った過程。母の父ノーザンテースト由来の回復力で、桜花賞の再現があるかも。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2006.10.15
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