今年から始まったグローバル・スプリント・チャレンジ。この豪・英・日を巡る6戦でポイントを争うシリーズは、スプリントという最もローカルなカテゴリーにスポットライトを当てたという点で画期的だった。これは2003年にオーストラリアの名スプリンター・シュワジールが地元のライトニングSを踏み台に、キングズスタンドS、ゴールデンジュビリーSを制して英国遠征を成功させたことが背景にある。3カ国といっても正確には豪のレーシング・ヴィクトリア、英のアスコット競馬場、日本のJRAという3主催者の連携によるもので、優勝賞品はキングジョージ、メルボルンC、ジャパンCの招待旅行×2名と関係者全員へのトロフィー。どうも金額的には大したことがなさそうな気がする。ただ、その後シュワジールは1000万ポンド(当時約19億円)もの高額でクールモアにトレードされ種牡馬となっており、需要の高いデインヒル系でオーストラリア調教馬初の英国重賞勝ちというプレミアの占める部分も大きかったにせよ、うまくいけば莫大な経済的価値を生じるということでもある。そしてさっそく、豪のライトニングS3着、オーストラリアS1着、英のキングズスタンドS4着、ゴールデンジュビリーS1着で27×2の54ポイントという輝かしい成績を残してケープオブグッドホープがチャンピオンの座に就いた。セン馬なので高額種牡馬シンジケートは残念ながらあり得ないが、少なくともお金に換算すれば数億円に値する名誉を手に入れることはできた。その余勢を駆って“ホーム”のアジア圏でもう一丁というケースはあり得る。あり得るが、その前にちょっとケープオブグッドホープの血統を見ておきたい。自身が英国産で、しかも両親とも英国産、祖父母の代も父の母が愛国産でそれ以外は英国産、3代目もロモンドが米国産の愛調教馬で、祖母の父が愛国産、あとの6頭が全て英国産という今どき珍しいくらいのほぼ純粋な英国血統で成り立っている典型的な英国スプリンターなのである。となると、この馬にとってアウェイとされるオーストラリアやイギリスといった英国圏はホームであり、ホームとされる日本が実はアウェイの戦いと考えられる。丸1年で4カ国を回って好成績を残した順応性は認めても、日本の良馬場ではスピード不足に泣く恐れがある。
なぜケープオブグッドホープが国外に活路を見出したかというと、香港にいる限りサイレントウィットネスに勝てないからで、その企画はもちろん成功したが、ケープオブグッドホープが活躍すればするほどサイレントウィットネスの名声が高まるという皮肉な構図は残ったまま。こういうどうやっても逆転できない力関係というのは、やはりどうやっても逆転できないものだ。サイレントウィットネスの母はスターキングダム系ビューロクラシー×サートリストラム系グローヴナーという分かりやすい豪州血統。そこにミスタープロスペクター系で無名だが良血の父が配された。そのミスタープロスペクター系らしいパワーとスピードは安田記念で示した通りで、日本の馬場への適性を今更いうまでもない。しかも、シュワジール以来の豪州血統の北半球への平和的侵攻は単発的なものからひと筋の流れになりつつあり、英国に渡ったスタークラフトはこの秋、ムーランドロンシャン賞、クイーンエリザベス2世Sという仏英の主要マイルG1を連勝し、米国に渡った昨季の3歳女王アリンギは移籍初戦のG3を圧勝している。そういう世界的な趨勢という後押しもある。ただ、17連勝後のここ2戦の敗因が1600mの距離だけに集約されている点は疑っておく必要がありそうだ。現代の連勝世界記録はサイレントウィットネスが更新するまで、サイテーション、リボー、シガーが記録した16連勝。それを無敗で達成したリボーは2〜4歳時、米三冠馬サイテーションは3歳春から15連勝した後、4歳時を全休して5歳1月に16連勝、2週間後のハンデ戦でクビ差2着に敗れた。記憶に新しいシガーはずっと芝を使われていたところ4歳秋にダートに転じて連勝をスタートさせ、6歳夏のパシフィッククラシックでハイペースを追いかけデアアンドゴーの強襲に屈した。こうして見ると、無敗で引退したリボーはともかく、連勝の緊張感に耐えるのは足かけ3年がいいところだと分かる。ならばピークを過ぎている可能性もなくはない。そのぶんだけ割り引いて○の評価。 英国血統のケープオブグッドホープが英国圏で活躍し、オセアニア血統のサイレントウィットネスがオセアニア競馬圏(一部重複)で活躍していることからも分かるように、スプリンターはローカル色が他の分野よりも濃い面がある。このレースの歴代勝ち馬からもサクラバクシンオーやフラワーパーク、ダイタクヤマトといった父内国産馬を挙げられるし、もはやサンデーサイレンス系も日本のローカル血統と見なすことができる。もちろんそういうのばかりが勝っているわけでもないが、今回、ローカル色が一番濃いのは◎シーイズトウショウとなる。何せ3代目まで血統表を埋める馬名が全部カタカナですからね。それはさておき、父はこのレースを連覇した短距離王で、伯母に桜花賞馬シスタートウショウがいるワカシラオキ系の牝系も優秀。しかも、血統表からテスコボーイ、ソシアルバターフライ、ダンディルート、ネヴァービート、ヴェンチアという主要アイテムを抽出すると、その組み合わせによって、トウショウボーイやシスタートウショウはもちろん、ダイタクヤマトやダイイチルビー、パッシングショットといった名短距離馬の再現も可能になる。特に、ダンディルートとテスコボーイ血脈の組み合わせは2000年に歴史的大穴を開けたダイタクヤマトに通じるものだ。 サクラバクシンオーは母の父がノーザンテーストで、この偉大な種牡馬の血はその後も強い影響を及ぼしており、この10年でもフラワーパーク、アドマイヤコジーン、デュランダル(2回)と延べ4頭の連対馬を出した。最有力なのはもちろん▲デュランダルで、サンデーサイレンス×ノーザンテーストの社台両巨頭による配合は、加齢によってタフさと安定性に欠けるようになる反面、ピークは高くなる傾向がある。ここ一番というときに集中すると爆発的な力を発揮するわけ。 SS後継種牡馬群の長兄(?)でありながら、なかなかG1勝ち馬を出せなかったフジキセキもカネヒキリの出現でようやく面目を施すことができた。△マルカキセキは母の父がミスタープロスペクター直仔。カネヒキリの祖母の父もミスタープロスペクターだが、この血脈はフジキセキの母系に潜むインリアリティと結び付くと絶大な効果を生じる。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2005.10.2
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