昨年イギリスからこのレースに遠征してきたラクティには強いラクティと弱いラクティがいて、日本で走ったのは弱いラクティの方だったようだ。それ以前にも、まれに弱いラクティが走ることがあって、出遅れて引っ掛かり直線余力なしというのは、そのレースぶりの典型だった。このような二面性は、ステイヤー血統の優れたマイラーにしばしば現れる。◎ダンスインザムードは、昨年のこのレースのあと、ずっと弱いダンスインザムードが走っていて、秋の天皇賞で突然強いダンスインザムードに入れ替わったようだが、府中牝馬Sでも着順の印象よりは内容の良い競馬で、この時点で本来の姿に戻っていたと考えられる。人気と着順の対比だけ見て、アテにならない馬の代表みたいにいわれるのも仕方ないところだが、今回急に弱いダンスインザムードになる理由も考えにくい以上、信頼しておいていい。全姉ダンスパートナーがオークス馬で、全兄ダンスインザダークは菊花賞馬。どれだけ活躍馬を出しても当たり前のように思えるサンデーサイレンスだが、全きょうだいによるG1勝ちは他にアグネスフライトとアグネスタキオン(母アグネスフローラ)がいるのみで、3頭を送ったダンシングキイは今のところ最優秀配合相手なのである。ニジンスキー×キートゥザミント×レイズアネイティヴという血統は80年代型のチャンピオンとしてスピードにもスタミナにも偏らないバランスの良い配合で、特に83年生まれのニジンスキー産駒は英ダービー馬シャーラスタニ、ケンタッキーダービー馬ファーディナンドが出現したヴィンテージクロップ。また、アラジやイーグルカフェなど多くの活躍馬を送るこの牝系からは今年も新たに天皇賞(春)のスズカマンボが出現し、名門に再び活気が戻ったと考えることもできる。菊花賞で引退したダンスインザダークはともかく、ダンスパートナーは完全に燃え尽きたかと思われたところから幾度となく巻き返している。ある時期に一気に成長する天才肌でありながら、不振からも立ち直る渋太い面を備えているのは、底力に富んだこの母の血統だからこそだろうし、イーグルカフェがNHKマイルCの2年半後にJCダートを制していることを考えれば、牝系自体にそういった息の長さが備わっていると見ることもできる。このレースには似合わないと思えるニジンスキー血脈も、シンコウラブリイやタイキシャトルといったカーリアンを潜ったものだけでなく、ニジンスキーらしさをよく伝えるグリーンダンサー(ステイヤーだが現役時は仏2000ギニー勝ち)が2年連続2着のエイシンプレストンを出していて、意外なほど好成績を収めている。 ○デュランダルは一昨年の秋に本格化してから、一貫して強いデュランダルで通してきた。無駄玉を撃たないので切れ味が鈍らないということはあるのかもしれないが、軌道に乗ったサンデーサイレンス×ノーザンテーストの配合が安定した能力発揮を支えているのは間違いなさそう。種牡馬としてのノーザンテーストは距離の長短、芝、ダートと多彩な分野で活躍馬を出し、母の父としてもその傾向に変わりはない万能血統だが、ひとつの個体が万能だったというケースは少なく、多様な産駒がそれぞれ得意分野に徹することで素質を開花させるという例が多い。ラスト3Fの職人芸ともいえるデュランダルの定型的な末脚は、そういったノーザンテーストらしさの現れが、サンデーサイレンスの血によってより強烈になったものだ。 そういったノーザンテーストの個性、逆にいえば融通の利かなさがより顕著に現れているのが▲テレグノシスで、32秒台の末脚を持っていながら古馬になってからはG1に勝てない。G2なら勝ち、G1なら入着と自分で限度を設定しているみたいだ。ただ、バランスオブゲーム、ローエングリン、マイソールサウンドを加えた同期の悩めるG2四天王のなかでは、実際3歳時にはG1勝ちしているだけあって最大瞬間風速的な脚は最強クラスでもトップに位置するもので、その武器をうまく使えば古馬G1の壁も何とか破れるのではないか。トニービン×ノーザンテーストの配合では名牝エアグルーヴのほか、5歳秋の天皇賞を勝ったサクラチトセオーが出ている。トニービン×ノーザンテーストや、サンデーサイレンス×ノーザンテーストの配合が長持ちするのはノーザンテーストのハイペリオン血脈をどちらも父の方から補強することができるからで、加齢による能力減退は心配する必要がないし、トニービン×ホスピタリティで、これもハイペリオンを基調としたトニービン産駒オフサイドトラップは7歳で秋の天皇賞に勝った。トニービンといえば東京コースが似合うのは確かだが、ノースフライトはこのレースを勝っていて、最終世代の4歳では現役は2頭だけで5歳もパッとしないので、東京でチャンスが来るのを待つというような悠長なこともいっていられない。どこのコースだろうが勝てるところは勝たねばならない。 △アルビレオの母の父はノーザンテーストに似てハイペリオンの強いノーザンダンサー直仔ヌレエフ。サンデーサイレンス×ヌレエフの配合はダートG14勝のゴールドアリュール、ドバイワールドC2着のトゥザヴィクトリーが代表的なところだが、ゴドルフィンの一員として活躍するサンデーサイレンス産駒レイマン(母の父ヌレエフ)がこの夏に勝ったG3ソヴリンSはマイル戦だった。近年守備範囲を広げてきているとはいえ、ヌレエフといえば、やはり世界水準のマイル戦がよく似合う血統だ。祖母は81年の英1000ギニー勝ち馬で、その孫には愛2000ギニーのほかムーランドロンシャン賞、クイーンエリザベス2世Sと3歳でG1・3勝を挙げた名マイラー・デザートプリンスが出た。古くは英ダービー馬ロイヤルパレスも出る名門クイーンオブライト系で、欧州型の底力に優れたマイラー。G1でこそ穴となり得る血統といえる。 97年にキョウエイマーチ、昨年はダンスインザムードが2着と、その年の桜花賞馬の健闘は目につく。また、94年ノースフライト、93年シンコウラブリイ、90年パッシングショット、86年タカラスチールと牝馬が勝つケースも比較的多い。ただ、シンコウラブリイも3歳時は2着で、勝ったのはその翌年。力の勝負になると3歳牝馬では辛い部分があるのは確かだろう。ラインクラフトはしかし、春の時点でこのカテゴリーの同世代の牡馬を負かしてきている。父がスイープトウショウを送ったエンドスウィープで、母の父としてのサンデーサイレンスの初クラシック馬という先端的な配合でもある。ディープインパクト以外は牝馬の活躍ばかりが目立つ今年、この馬が新しい名牝のモードを確立することになるのかもしれない。 マイネルハーティーは母の父がシンボリルドルフ。父系からその血を受けたトウカイポイントはレース史上2番目の単勝配当を叩き出していて、父は3歳時のスプリンターズSで引退戦となるタイキシャトルを破ったマイネルラヴ。ミスタープロスペクター血脈とシンボリルドルフの組み合わせからは、春のG1かしわ記念でダート最強クラスをまとめて負かしたストロングブラッドが出ている。破壊力十分の穴血統。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2005.11.20
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