日本で走っているとメンコのせいで気がつかなかったが、アスコットのイングランディーレは10年前に同じコースを走った父のホワイトマズルそっくりに見えた。顔はもちろん走る格好も。アスコット・ゴールドCについて、着順着差は大惨敗というしかないが、内容的には大健闘だったと思う。初めての環境で初めての流れ。馬場に出れば顔見知りは横山典騎手しかいないという心細い状況で、パニックにもならず、あれだけの距離をよく我慢したものだと思う。三角形のアスコットのおにぎりの頂点は高低差でいうと一番低いところで、そこから直線に向くまで延々登りが続く。そこで後続の手が動き始めると押っつけながら馬群に飲み込まれるシーンすらあると予想していたのだが、そこを押さえたまま先頭を保って上がってきた姿は感動的ですらあった。さすがに直線ではギブアップしてしまったが、そのあたりは何度か走って経験を積めば差を詰められそうだ。1807年以来の伝統を誇り、吉田善哉氏のラッサール(73年)、浅川吉男氏のドラムタップス(92年、93年)と日本にも縁が深い大レースの認知度を高め、欧州超長距離路線の専門家がいかに手強いかを知らせた功績は何より大きい。この部門は近代競馬で求められるスピードと早熟性に欠けて世界の血統マーケットからは無価値と考えられているし、固定的なメンバーで争われるだけに国際レーティングでもトップが120を超えることは滅多にない。しかし、それをもってレベルが低いと考えるのは実は大間違いで、2002年の凱旋門賞馬マリエンバードでも超長距離路線の壁にはね返される形で2400mに戻ることで成功したくらいだ。後に続いてゴールドCに挑もうかという奇特な日本馬が現れるとも思わないが、そういう超長距離に限らず、日本馬の欧州遠征で目に付く彼我の最も大きな差は、どこまで我慢が利くかということと、我慢して蓄えた力をどれだけ爆発させられるか、その振れ幅にある。日本馬が短中長の各カテゴリーで国際G1を勝つようになったこんにちでも、依然としてそのギャップは日欧間に横たわっている。 天皇賞の◎シルクフェイマスは折り合いがついていたかというと、やはり掛かり気味ではあった。しかし、行きたい行きたい、でも我慢しなくっちゃと(見た感じ)勉めていた姿勢には、その精神的な成長が窺えた。初めてのG1で初めての超長距離ということを考えれば、イングランディーレの頑張りに通じる部分も多い。離された3着でも、内容的には十分に重みのあるものだったといえるだろう。父が春の天皇賞3着を経て宝塚記念を制したのは5歳のときで、ステップとしては同じ。それ以前にも有馬記念2着などがあった父に比べると経験の蓄積で劣るが、一気に力をつけて能力を底上げしていく成長力は紛れもなく父から受け継いだもので、これは父系としてのサンデーサイレンス系らしさとしても確立されつつある。天皇賞は超一流の壁と見るより、成長過程の一段階と捉えるのがマーベラスサンデー産駒としては妥当で、伸びゆく勢いはまだ残されていると考えられる。ニジンスキー系とサンデーサイレンス系の相性の良さはもともと定評のあるところで、母の父カーリアンはサンデーサイレンスとの配合でSS産駒初の海外G3勝ち馬サンデーピクニック、2歳女王ピースオブワールドを出している。特にこの配合の場合、血統表の3代目に、ともにカナダの名ブリーダー、E.P.テイラーの手になるノーザンダンサーの初期の傑作ヴァイスリーガルとニジンスキーが並び、69年生まれのヘイルトゥリーズンの同期生ロベルトとヘイローが並んでいて、結果、生じたのがヘイルトゥリーズン4×4×5と、父のネイティヴダンサー4×5を継続発展させたノーザンダンサー4×4のインブリード。絶妙の整合性を保った父母相似配合といえる。英G3ミュージドラS勝ちの曾祖母の父として、ヴェイグリーノーブルの重厚なスタミナ血脈が入っていることもG1での底力を補う意味で有効だろう。牝系はマルゼンスキーでお馴染みのクイル系で、ヴェットーリやダンスオブライフ、コーカサスなど、この牝系から出た一流馬の多くが示しているように、ニジンスキーの血が入ることで活力が飛躍的に高まるファミリーでもある。 ○タップダンスシチーは晩成のチャンピオンだった父に似て、ゆっくりとチャンピオンの座に上り詰めた。父のプレズントタップは2歳時からG22着があるように素質の片鱗は見せていて、ケンタッキーダービーは大きく離れた3着、3歳暮れにマリブSに勝って初重賞、4歳時はサンタアニタH3着、BCスプリント2着と勝ち切れなかったものの、本格化した5歳時にサバーバンH、ジョッキークラブゴールドCとG1に2勝、BCクラシックでは若いエーピーインディに花を持たせて2着となったが、最優秀古馬のタイトルを得て引退した。リボー系らしく、コンスタントに活躍馬を出すわけではないが、一流に育ったものの底力は信頼して良く、同系で今春のドバイワールドCを制したプレズントリーパーフェクトの活躍を見ても分かるように、初めは穴馬として大舞台に登場し、やがて安定感も備えた堂々たるチャンピオンに育っていく系統でもある。ウィニングカラーズやクリスエヴァート、チーフズクラウンの出る牝系も米国屈指の名門だけに、ここまで強くなれば海外のG1も射程圏内に収まる。既成勢力に負けることはないだろう。 ▲ツルマルボーイは過去2年がクビ差の2着。相手関係を考えればそれらの方が並みのG1勝ちより価値は高いのだが、何はともあれ前走でめでたく初G1制覇。能力に追いついていなかったタイトルを自力補填した格好だ。昨年の勝ち馬ヒシミラクルがサッカーボーイ産駒で、このレース2着1回、3着1回、4着2回のステイゴールドはサッカーボーイの全妹にサンデーサイレンスの配合。どちらも必ず人気以上には走っていて、安田記念以上に宝塚記念が似合う血統といえる。これまで安田記念と宝塚記念の連勝例はなく、88年ニッポーテイオーの(1)→(2)、90年オグリキャップの(1)→(2)がニアミス例だが、史上初のNHKマイルC→ダービー連勝が達成された今年は、やはり安藤勝騎手によって、このジンクスも破られるかもしれない。 △ザッツザプレンティは97年の2着馬バブルガムフェローの甥。98年の勝ち馬サイレンススズカはサンデーサイレンス×ミスワキだから、それに似た面もある。外観上は父のダンスインザダークやそのきょうだい以上に、ニジンスキーにサンデーサイレンスを足して2で割ったという印象が強くて、実際に長距離適性や気難しさなどはその方面に由来すると考えていいのだろうが、それでも掴み切れない部分が2歳時から一貫して残っている。ただ、SSとリファール、SSとミスワキ、SSとニジンスキー、どの組み合わせで捉えるにしても、宝塚記念好走例がある。人気の落ちた今回は怖い。 大穴でサイレントディール。全姉にドバイワールドC2着でエリザベス女王杯に勝ったトゥザヴィクトリーがいて、自身も芝に実績がないわけでもない。イングランディーレの2匹目のどじょう狙いちゃうかといわれればそれまでなんですが。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2004.6.27
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