2004皐月賞


ザグレブ鉱脈の発見

 1866年に始まったアイルランド・ダービーは、英ダービー馬と仏ダービー馬が時期や馬場の形態が互いに公平な条件で戦えるので、近年ではこれをダービーの中のダービーと見なす場合も多い。1936年には、日本で最初の“ダービー馬”として34年の愛ダービー馬プリメロが小岩井農場によって輸入された。次に輸入された愛ダービー馬がヒンドスタンで、これら2頭はそれぞれ十指に余るチャンピオンを輩出して日本の近代競馬の土台を築き、その血は父系としてはともかく、たとえばスペシャルウィークの母系の4代目と5代目に並んでいることで象徴されるように、現代まで途切れることなく息づいている。そうやって確固たるブランドイメージの出来上がった“愛ダービー馬”は下表に見る通り、戦後その3分の1が日本に輸入されることになった。スペースの関係上クラシック・G1級以外は省いてあるが、それにしても、何というか、まあ、ヒンドスタンとプリメロとコマンダーインチーフ以外は、あんまり成功していない。

日本に輸入されたアイルランド・ダービー馬
年度勝ち馬その他の重賞輸入後の主な産駒
1934プリメロBlandford愛セントレジャークモノハナ(ダービー)、ミナミホマレ(ダービー)、クリノハナ(ダービー)、タチカゼ(ダービー)、ハクリョウ(天皇賞)、トサミドリ(皐月賞)、ケゴン(皐月賞)、アヅマライ(菊花賞)、ゴールドウェッディング(桜花賞)、トキツカゼ(オークス)、ヤシマベッチイ(桜花賞)、チェリオ(最優秀古牝馬)、カツラシュウホウ(阪神3歳S)
1949ヒンドスタンBois Roussel シンザン(三冠)、ハクショウ(ダービー)、ヤマトキョウダイ(天皇賞)、ヤマニンモアー(天皇賞)、リュウフォーレル(天皇賞)、ヒカルポーラ(天皇賞)、アサカオー(菊花賞)、ワイルドモア(皐月賞)、シンツバメ(皐月賞)、ダイコーター(菊花賞)、オーハヤブサ(オークス)、スギヒメ(桜花賞)、エイトクラウン(宝塚記念)、オーヒメ(最優秀古牝馬)、タマクイン(最優秀古牝馬)、メイジアスター(最優秀4歳牝馬)、スタンダード(最優秀3歳牝馬)、ウメノチカラ(朝日杯3歳S)、ミノル(朝日杯3歳S)、コウタロー(阪神3歳S)
1953シャミエChamossaire  
1954ザラズーストラPersian GulfアスコットGC、グッドウッドC、デズモンドS、愛セントレジャー 
1955パナスリッパーSolar SlipperナショナルプロデュースS 
1958シンドンHyperbole  
1959フィダルゴBois Rousselチェスターヴァーズコクサイプリンス(菊花賞)
1961ユアハイネスChamossaire  
1966ソディアムPsidium英セントレジャー 
1967リボッコRibot英セントレジャー、オブザーヴァーGCサニーフラワー(最優秀古牝馬)
1968リベロRibot英セントレジャー 
1971アイリッシュボールボールドリックダリュー賞G2 
1974イングリッシュプリンスPetingoキングエドワード7世SG2、ホワイトローズSG3 
1975グランディGreat Nephew英ダービーG1、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSG1、愛2000ギニーG1、デューハーストSG1、シャンペンSG2、 
1976マラケートLucky Debonairジョーマクグラス記念G1、フォワ賞G3、ラフォルス賞G3リードホーユー(有馬記念)
1980ターナボスBlakeneyクレーヴンSG3 
1986シャーラスタニNijinsky英ダービーG1、ダンテSG2、クラシックトライアルG3 
1989オールドヴィックSadler's Wells仏ダービーG1、クラシックトライアルG3、チェスターヴァーズG3 
1991ジェネラスCaerleon英ダービーG1、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSG1、デューハーストSG1 
1993コマンダーインチーフダンシングブレーヴ英ダービーG1レギュラーメンバー(JBCクラシック)、マイネルコンバット(ジャパンダートダービー)、アインブライド(阪神3歳牝馬S)
1996ザグレブTheatrical コスモサンビーム(朝日杯FS)
1998ドリームウェルSadler's Wells仏ダービーG1、ゴントービロン賞G3、ラフォルス賞G3 
2003アラムシャーKey of Luckキングジョージ6世&クイーンエリザベスSG1、愛ダービートライアルG2、ベレスフォードSG3 

 これは何も日本が外れをひいたとか、愛ダービー勝ちがダメということではなく、ニジンスキーやエルグランセニョール、近いところではデザートキングといった後の名種牡馬が勝つこともあれば、逆にサンジョヴィートのように12馬身差の圧勝で史上最強の愛ダービー馬と呼ばれながら種牡馬としては失敗したケースもある。こういってしまうと身も蓋もないが、それが種牡馬というものなのかもしれない。山にたとえれば、愛ダービーを勝つくらいだから、その下には無尽の鉱脈がある可能性が高いが、ひょっとすると何もないかもしれないし、あっても必ず掘り当てられるとは限らないということ。今は亡き米国の大富豪アラン・ポールソンの服色で、愛国の名門ダーモット・ウェルド厩舎からデビューしたザグレブは、3戦目で愛ダービーに挑むと直線内を突いて一気に抜け出し、後続にあっという間に6馬身の差をつけて圧勝した。その後は凱旋門賞の大敗だけで引退したので、それがかえって愛ダービーの印象を鮮烈なまま残したともいえるのだが、日本で種牡馬入りすると、これがなかなか掘っても掘っても鉱脈に当たらない。あきらめて権利を移譲したところで、大量に掘り出していた土砂岩石の中からコスモサンビームとコスモバルクという宝石が発見されたということになる。彼らが生まれたのはピークだった2000年種付けの114頭の中からであり、ビッグレッドファームの苛酷ともいえるトレーニングに耐え抜いた中からだった。普通よりも広い範囲にわたって、しかも常識を超えるくらい深く掘ることによってはじめてザグレブの豊かな鉱脈に当たることができたということになる。コスモバルクの才能はそのようにして発掘されて、磨かれ鍛え上げられてきたものだ。良血牝馬にサンデーサイレンスを配合して生まれたチャンピオン候補とは対極にあるが、どちらもそれぞれにサラブレッドの理想を突き詰めたという点では変わりがない。牝系が地味なだけにどこかで限界を見せるタイプかもしれないが、ここまできたらひとつは勝ってもらいたいものだ。

 対するサンデーサイレンス艦隊の旗艦ブラックタイドは、昨年もっとも印象的な活躍をしたスプリンター・レディブロンドの半弟。母のウインドインハーヘアは英オークス2着だが、勝ったバランシーンはその後、牡馬相手に愛ダービーを勝ってしまうほどの歴史的名牝だから、この母も水準のオークス馬を超えるくらいのポテンシャルは認められていて、翌年にはアラジの仔を受胎したまま夏のドイツでG1アラルポカルに勝つという離れ業を演じることで、その非凡さを証明した。牝系はいわゆる“英国女王陛下の牝系”とされるハイクレア系で、ナシュワンやネイエフといった錚々たる名馬が並ぶ名門であり、日本ではウインクリューガーが昨年のNHKマイルCに勝っている。先日のドバイデューティフリーG1で同着優勝したエリザベス女王生産のライトアプローチもこの牝系の出身で、ナシュワンの死によって底を打ったこの牝系の波はここにきて明らかに上げ潮ムード。重くなりがちな英国型牝系でも、リファール系の万能職人ともいえる母の父がうまくサンデーサイレンスとの橋渡し役を果たしている配合だ。ただ、悠然としたモーションで走るステイヤーだけに、自身の持ち味が生きるのは今回よりダービーだと思う。

 メイショウボーラーはチャンピオンマイラー・タイキシャトルの仔で、母の父は、種牡馬として、種牡馬の父として、そして今後はおそらく母の父としても世界最高のストームキャット。パワー×パワーの剛毅な配合でそれにともなう脆さが懸念されるところだが、ストームキャット血脈はそのあたりも奥が深くて、決して柔軟ではないのだが粘りが利くところがある。エンジン全開で行ってガス欠かと思いきや予備燃料タンクがありまんねんというシーンはジャイアンツコーズウェイに代表されるこの血統の一流馬がしばしば見せてきた。祖母はアルゼンチンのステイヤーで、父の持つフォルリ血脈と響き合う部分があるし、父母ともに名牝ラトロワンヌの血を持っているあたりも大レースでこそと思わせる。調整過程の誤算がクラシックでは絶望的と考える向きもあろうが、5代母はその名もゾンビという。

 キョウワスプレンダの母はオークスTRに勝ち、オークスでもほとんど勝ちそうな3着だった名牝。先週の桜花賞2着馬アズマサンダースと同じサンデーサイレンス×シンボリルドルフで、勝ったダンスインザムードは母の父がニジンスキー。三冠馬血脈は今年のクラシックの隠れた黒幕かもしれない。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2004.4.18
© Keiba Book