2004マイルチャンピオンシップ


黄金の1986年世代

 89年の3歳世代はアメリカでサンデーサイレンスとイージーゴーアが三冠戦線からブリーダーズCクラシックまで1年を通じてしのぎを削り、フランスではオールドヴィック、イギリスはナシュワンが中長距離路線を席巻し、直接戦うことなく火花を散らし続けた。ナシュワンに英2000ギニーで完敗したデインヒルはスプリント路線に転じて成功し、マイル路線にも英仏の両方で向かうところ敵なしの強豪が出現していた。3歳5月のデビューから4戦4勝のジルザルと、3歳を迎えて7連勝していたポリッシュプレセデントの最初で最後の対決となったのは9月の英国アスコット、クイーンエリザベス2世Sだった。このイトコ同士の対決は、5頭立てながら実質マッチレースとなり、地元の利もあったか、つねに先手を取ったジルザルがポリッシュプレセデントに3馬身の差をつけて圧倒、オールドヴィックとともに134のレーティングを得て欧州3歳チャンピオンの座に就くことになる。世界一の大種牡馬となったデインヒル、日本一のサンデーサイレンスをはじめとして、ここに挙げた名馬はオールドヴィック以外それぞれ種牡馬としてもG1ウイナーを送っていて、改めてこの時代を振り返ると、この86年生まれはまさに黄金の世代だったことが分かる。

 ポリッシュプレセデントはジルザルに敗れたのを最後に引退、オーナーのモハメド殿下のもとで種牡馬となった。ダンチヒ系だけにステイヤー血脈と相性が良いというか、ピリッとしたスピードが素直に伝わらないというか、当初からヨークシャーオークスのピュアグレインやジャパンCのピルサドスキーなど2400m中心に活躍馬を送り出した。そしてようやく現れたマイルG1勝ち馬がラクティとなる。ポリッシュプレセデントはレインボークエスト牝馬との配合では今年のG1ドバイシーマクラシックを制したポリッシュサマーやG2ジョッキークラブSのリヤディアンといったステイヤーを送っていて、同じ配合となるラクティも3歳時に伊ダービーを制しているようにステイヤーとしての資質と可能性は備えていたのだろうが、祖母スマゲタが、時としてマイラー的な激しさを顕わにするハイトップの娘だったせいか、アバーナントとテューダーミンストレルというハイペリオン系快足の血を受けたせいか、いずれにせよマイラーだったことが父のダンチヒらしいスピードを呼び覚ましたのかもしれない。昨年の国際クラシフィケーションはI121で今年の暫定レーティングはM124だから、昨年のデュランダルがM120、ローエングリンがM119だったことを考えると断然というわけでもないが、現時点で最高のレーティングを持っていることには違いない。しかも、昨年の香港Cで推定35秒の上がりを2着まで追い上げて高速決着への対応を果たし、東アジアまでの遠征を経験している強みも加味すれば中心視していいと思う。ただ、ジャパンCでも、速い流れでなお掛かってしまうのはイギリス馬のお家芸(?)で、これは走りやすい馬場で思わずガーッと行っちゃうのだろうが、たとえマイル戦でもそういう恐れがないとはいい切れない。

 ポリッシュプレセデントと同期のダンチヒ産駒デインヒルは、現役時は英2000ギニー3着、愛2000ギニー4着で都落ちするようにスプリント路線に活路を見い出し、G1はスプリントCの1勝のみ。しかし、種牡馬となってからの出世は誰が見ても同期のトップで、昨年5月に惜しくも世を去ってこれまでに南北両半球で154頭の重賞勝ち馬を出した。96年に単年度供用された日本では、産駒からG1勝ち馬は出ておらず、特異なデインヒル空白地帯といえるかもしれない。そのなかで唯一のG1勝ち日本調教馬がファインモーションで、これは生前のデインヒルの本拠地クールモアグループの出身。G1・7連勝でデインヒル産駒の最強馬とされる“ザ・ロック”ことロックオブジブラルタルと同期で、名門スピアフィッシュ系にミルリーフ、トロイと配合されたワインストック家の名牝系と、そこから余すところなく力を引き出す大種牡馬デインヒルの組み合わせは牡馬なら種牡馬となって不思議のない名血。3歳一杯で引退種牡馬となったザ・ロックとは違って、こちらは走り続けてもう5歳だが、半兄ピルサドスキーは4歳で初重賞、その年の終わりにブリーダーズCターフに勝って、5歳を迎えた翌年ジャパンCなどG1に4勝した晩成型。デインヒルと、兄の父ポリッシュプレセデントの血の類似性も考えると、これから本当の強さを示す可能性もあるだろう。

 日本における86年組といえば、冒頭にも登場したサンデーサイレンス。多くの説明を要しないスーパーサイアーで、このレースでもジェニュインとデュランダルが2勝を挙げている。▲デュランダルは高松宮記念で小回りに泣き、スプリンターズSで道悪に泣いた。泣きながら2着は確保しているのだから、結果こそ出ていないが、昨年と同等かそれ以上の強さを発揮している。母の父にノーザンテーストが入ったサンデーサイレンス産駒が普通にG1に勝つようになったのは最近のことだが、その口火を切ったのが本馬。かつてのリーディングサイアー・ノーザンテーストの血には、仕上がり早やで、しかも加齢につれて渋太さを増していく良さがあって、昨年以上のパフォーマンスがあっても驚けない。話の流れでこの印になったが、信頼性が最も高いのはこれ。

 ダンスインザムードはオークス馬ダンスパートナー、菊花賞馬ダンスインザダークの全妹となる桜花賞馬で、この3頭によって1600m、2400m、3000mのイギリス式クラシックの3つの距離が完全踏破されたことになる(たまたまだろうが)。正確にはセントレジャーは3000mに満たないが、それはともかく、その万能性はその母ダンシングキイがニジンスキー×キートゥザミント×レイズアネイティヴ×トムフールというほぼ完璧な中距離血統で、ヨーロッパのクラシックでもアメリカの三冠でもしっくりくるような高い完成度を誇る配合だったからに他ならない。特にサンデーサイレンスとの配合で成功したのは、大前辰男氏が以前指摘したように、母のブルーラークスパー5×5が、父系祖父ヘイローの持つ同4×4とうまく噛み合ったことがひとつの理由だろう。サンデーサイレンス産駒には、今年もハーツクライとハイアーゲームが菊花賞で凡走したように、春頑張ったツケが秋に出るような面があるが、この馬の場合は前走の好走でそこから脱出していると考えていい。

 穴っぽいのがバランスオブゲーム。父は先週のエリザベス女王杯2着馬オースミハルカと同じフサイチコンコルド。母の父が一発のあるリボー系で、牝系はサッカーボーイと同じ。このレースでの勝ち方の鮮やかさという点では88年のサッカーボーイは間違いなくトップクラスだろう。それと双璧をなすのが98年のタイキシャトルで、父仔制覇が懸かるのがメイショウボーラー。97年にユニコーンS、スワンSと圧勝してここに臨んだ父ほどの勢いはないが、母の父ストームキャットのパワーはG1でこそという面もある。アルゼンチンのステイヤーが出る牝系に蓄えられた力もいまだ手つかずと思えるだけに不気味さが漂う。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2004.11.21
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