JRAのG1で古馬牝馬戦はこのレースひとつだけ。ヨーロッパでもイギリスのナッソーSとヨークシャーオークス、フランスのオペラ賞(これはレベル的に疑問)の3つに過ぎないし、北米では5月から11月にかけて芝だけで9レースあるが、これも欧州からの遠征がないとG1の格に疑問符のつくレベル。欧州のグループレースは種牡馬を選択するレースなので牝馬に冷淡で、米国のグレードレースは繁殖牝馬のカタログがブラックタイプで賑々しく飾られた方が馬産国としての営業政策上良いので牝馬を優遇した体系がとられているというのは個人的邪推だが、どうも一般に牝馬は華やかな3歳時を過ぎてしまうとヒューッと冷たい風の中に放り出されてしまうみたい。マイル以下ならともかく、トップレベルの長い距離で牡馬と対等に戦っていくにはやはりエアグルーヴのような10年に1頭級の名牝でなければ無理で、これは人為的に作り出せるものでもない。上のレベルの牝馬が古馬になっても順調にその力を伸ばしていけるような流れはどうしても必要で、一流牝馬が春は無為に過ごすか牡馬相手に消耗するかという今の重賞体系は改善の余地がある。牝馬の活躍の機会を増やすことは、G1から外国産馬を締め出しておくことよりよほど日本の馬産の体力強化にも役立つだろう。 そういうわけで、ここは栄光も辛酸も味わった古馬に敬意を表して上位の見立て。◎ローズバドはまだG1レベルの栄光の方は味わっていないが、惜しかったり辛かったりといった経験はたっぷりとしてきた。才能が同じであれば、挫折を知っている方が強いでしょうということだ。桜花賞は熱発で回避、オークスがクビ差、秋華賞が3/4馬身差の2着というすでに若くして苦労性のこの馬がやはりハナ差で2着した一昨年のエリザベス女王杯はこのレースの歴史で最もハイレベルで、勝ち馬トゥザヴィクトリーはその年の春、ドバイワールドCで2着していて、女王杯制覇後の有馬記念でも勝ったマンハッタンカフェから0秒2差の3着だった。ハナ、ハナ、クビ、クビで5着のテイエムオーシャンの次あたりが、平年並み勝ち馬のレベルでなかったかと思う。そのピーク時の才能がすり減っていないかどうかの見極めは牝馬の場合特に重要だが、ここ2走の内容なら全く心配ないし、母の父がシャーリーハイツ、曾祖母の父がセクレタリアトという母系なら、むしろ晩成型というべき。4代母リヴァークイーンも仏1000ギニー、サンタラリ賞のほかサンクルー大賞典にも勝ったステイヤー牝馬だ。また、下表に示した通り98年生まれのサンデーサイレンス産駒は5頭のG1勝ち馬を送り出した初年度世代に次ぐヴィンテージ世代(今のところ)で、その顔ぶれは多彩さという点においてナンバーワン。牝馬ではビリーヴがいるが、あとひとつ古牝馬のタイトルが加わっても驚けない。
○アナマリーも似たような境遇で、4つあるフランスの3歳牝馬G1の3つに出走して4、3、2着。世代トップのブライトスカイにヴェルメーユ賞で1回は先着しているので力は信頼できるし、ナッソーSもラシアンリズムが信じられないような脚を使ったことによる惜敗。今年の欧州3歳牝馬はシックスパーフェクションズ(BCマイル、ジャックルマロワ賞)、ネブラスカトルネード(ムーランドロンシャン賞)などマイル域で牡馬を制圧したフランスの2頭の活躍が目立ったが、実は一番強いのはラシアンリズムだろうと思っている。それを慌てさせたのだから、アナマリーのマックスの能力はジャパンCでも穴に狙えるくらい。ちなみに昨年の国際クラシフィケーションは116で、今年の暫定レーティングも116。これは昨年のファインモーションを1ポイント上回る。父のアナバーはダンチヒらしいスプリンターだったが、種牡馬としてはこれもダンチヒ系のひとつの特徴であるが、活躍の領域を中長距離まで広げて初年度から仏ダービーのアナバーブルーを出した。アナバーブルーはクリストフ・スミヨンに“初ダービー”をプレゼントしたわけでもあるから、相性も悪かろうはずがない。ドイツの牝系で珍しいゲイメセンの3×4もあっていかにもスタミナはありそうだし、ゲイメセンの血は意外に硬い馬場でのスピード勝負にも強く、芝1600mの世界レコード1分31秒00を樹立(今も破られていないはずだ)したアルゼンチンのリトンの母の父がゲイメセンだったのも象徴的な事実。しかも母はケンドール(ゼダーン系)×クリスタルパレス(カロ系)というグレイソヴリンの代表的ラインを経てグレイソヴリン5×5の近交を持つ仏重賞勝ち馬(シーズン末期の牝馬限定G3フィユドレール賞なので、そうレベルは高くないが……)。日本の競馬に適した要素は備えていると思う。 ▲タイガーテイルは暫定レーティング111が示す通り格では一枚落ちる。E.P.テイラーSもG1とはいえBCフィリー&メアターフの出来た近年は日程的にもその断念レースになった。ただ、共和国大統領賞の勝ち馬ラクティは、鬼の居ぬ間の洗濯的な面はあったにせよ英G1チャンピオンSに勝つまでに出世しているので、この馬もレーティング以上の能力を秘めている可能性はある。父はジャックルマロワ賞などG1に3勝、ロイヤルアカデミーの勝ったBCマイルでも落馬寸前の不利を受けながら3着に追い込んだ強豪で、代表産駒センダワールも同時代にドバイミレニアムさえいなければスーパースターに育っていたはずだから、ちょっと運のない血統ではあるが、うまくその父譲りの末脚を生かせればチャンスは十分にある。 スペースなくなっちゃいましたねえ。スティルインラブが△。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2003.11.16
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