2003ダービー


手仕事で甦るミルリーフの肖像

 皐月賞のこの欄では、これまでを上回る今年のサンデーサイレンス産駒の勢いを指摘した。先週のオークスでは2冠牝馬に触れている。どちらもわざわざ表まで作って。それでも予想はあさっての方向に逸れていってしまった。なぜかというと、最も大きな理由として“アフター・サンデーサイレンス時代”へ先走ってしまったというのがある。去年の8月に死んだスーパーサイアーには、まだ今年生まれた当歳がいて、7月7、8日のセレクトセールでは最後のSS産駒争奪戦が激しく繰り広げられることは火を見るより明らかで、それらがクラシックシーズンを迎えるまで、2006年まで、サンデーサイレンスの時代は続くと考えるのが妥当だろう。でも、そこまでは続くにしても、そこでプツッと断絶してしまうのである。その後がどうなるか、想像するのも恐ろしい……という気にはなりませんか? ま、あんまりならんわな。18頭の中に、サンデーサイレンスの仔がいようがいまいが、馬券は臨機応変で考えたらええわけやから。でも、オーナーや調教師、馬を走らせるサイドのサンデーサイレンス信仰、あるいはサンデーサイレンス依存症(そこまではないか?)は、直仔が出走馬の3分の1を占める今回がピークに達しているのではないかと思う。実際にはピークというか、行くてに余地のない崖っぷちなんやけど……。テスコボーイやトウショウボーイといった“魔法の杖”を失った日高の厳しい状況を見ると、それ以上に強大な魔法の杖を失った日本の競馬はどうなってしまうのだろうと思う。SS産駒G1(出走機会)5連勝中というお祭りのさなかだからこそ、祭りの後の風の冷たさもちょこっと覚悟しておかなくてはならないと思う。

 素直に考えると皐月賞1、2着馬の力が抜けていて、その皐月賞が例年以上にダービーの予行演習的な色合いが強い流れだっただけに、ネオユニヴァースとサクラプレジデントのアタマ差がどう変化するかだけだとは思う。ネオユニヴァースは欧州の名門サニーコーヴでもかなり“重い”分枝。クリス×シャンタンの母はイメージとしては英オークスタイプといえる。それだけに、力を出し切れるとしたら東京2400mの今回と考えていたのだが、それより早く結果を出されてしまった。これはデムーロ騎手の力によるところも大きく、言っちゃ悪いが、手応えがなくなった時点で競馬が終わる大多数のJRAの騎手ではどうやったかなあ……(ホントは騎手というより上がり34秒を切るか切らんかで争う芝のレース形態の特異性によるが)。だいたいクリスの血は手応えがなくなってからが勝負で、引っ張り上げておっつけてという英国流の力強い騎手の扶助が必要不可欠。ラスト3F全てが11秒台だった皐月賞の流れは微妙ではあるが、デムーロだからこそ振り絞れた最後の底力がアタマ差に現れたともいえる。オークスのチューニーもサンデーサイレンス×クリスで、こちらは牝馬なのでそのぶん切れ味に優れた面はあるにしても、昨年夏に英国武者修行を敢行した後藤騎手なればこその2着確保であったかもしれない。ま、皐月賞であれだけ強くて距離延長も歓迎となれば、崩れることは考え辛い。

 それでも、今度はサクラプレジデント逆転の目もある。ここはアグネスフライトvsエアシャカールとか、5馬身ち切ったスペシャルウィークの例を思い出したい。同じサンデーサイレンス産駒なら、日本の一流牝系から出たものに分があるという過去の例(4分の2なんですけどね)に、その印象度を加味すれば、“サクラ”の名門スワンズウッドグローヴなら資格は十分だろう。祖母の産駒には88年のダービー馬サクラチヨノオー(父マルゼンスキーだから母の全兄)が出ていて、昨年関東オークスに勝って秋華賞で2着したサクラヴィクトリアは姪にあたる。レジェンドハンターやフジノテンビー、そして5月15日に東京プリンセス賞を勝ったばかりのディーエスメイドンもこのファミリーで、芝・ダートを問わずに活躍馬が出るようになっているあたりは、特に近年必要とされる総合的なフィジカル面の強さという点でも、時代に沿って着実に進歩していることを示している。“かつての名門”ではなく“つねに名門”である点が、スワンズウッドグローヴがあまたある在来の一流牝系と一線を画す点だ。サンデーサイレンス×マルゼンスキーは98年の勝ち馬スペシャルウィークで結果も出ている。まあ、96年のロイヤルタッチとも同じで、そのお坊ちゃん的雰囲気でいうとむしろ後者(4着だった)に近いともいえて、ネックになるとすればその辺かな。

 以上2頭、サクラプレジデント—ネオユニヴァースということにして、は今年のこれまでのスタンスを変えずにサンデーサイレンス以外から。クラフトワーク。父のペンタイアは驚異の2歳馬ケルティックスイング、無敗の王者ラムタラを経て、最後の戦士スウェインまで、近年のヨーロッパでは最も層が厚く、しかも長く覇権を保った92年生まれ世代の“キングジョージ”勝ち馬。ビーマイゲストの仔だが、馬のタイプとしてはその母の父ミルリーフの影響が強い天才肌で、一瞬の切れ味に関しては、これら同世代の名馬の中でも随一の存在だった。でも、ミルリーフの良さというのは、これがなかなか伝わりにくい。幅広く成功したミルジョージのような例は稀で、オーナーのポール・メロンとか、アガ・カーン殿下とか、芸術家肌のお金持ちによる採算度外視(でもなかろうが)の配合でポツリポツリと名馬が出るケースが多い。クラフトワークはその名の通り凝った配合で、母の父はミルリーフ直仔のパドスール。これも成功したとはいい難いが、タケノベルベットとメジロカンムリが92年のエリザベス女王杯でワンツーを決めて、そのポテンシャルは証明した。で、ミルリーフの3×3。何でもインブリードすればいいというものではなくて、実際ミルリーフの近交を持つ活躍馬はローエングリンと、英国のステイヤー牝馬ミレトリアンくらいしかいないが、それだけに頼らないのがこの配合の妙。父系祖父ビーマイゲストと祖母の父ノーザンテーストは、その万能性と順応性において、かなりよく似たノーザンダンサーらしさを受け継いだノーザンダンサー直仔で、それらをくぐったノーザンダンサーの近交が、ミルリーフの3×3の危なっかしさとうまく均衡を保つ役割を果たしていると思う。サンデーサイレンス産駒が最高のパフォーマンスをして、そのより上を行って勝ったのはダービー史上フサイチコンコルドだけだったと思うが、それに通じるパンチ力を感じさせる配合。

 コスモインペリアルは前回本命で、その皐月賞がレースになっていない。ペース的には今回も、好走した弥生賞より皐月賞に近いものになるだろうから相変わらず苦しい。でも、父母ともにリボー×ノーザンダンサー×ネヴァーベンドという配合が秘めるパワーとここ一番の底力は、大舞台でこそ発揮される。

 ラントゥザフリーズは昨年のダービー馬と同じくリボーの近交を持ったブライアンズタイム産駒。母は東京で2勝(3敗したが)した。ブライアンズタイム×リヴリアなら、開き直って末脚勝負に徹すれば、大勢逆転がないだろうか。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2003.5.30
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