2002安田記念


激戦区を生き抜くダンチヒ血脈

 強い世代、弱い世代といういい方はよくされるが、実際どのあたりが違うのだろうか。ちょっと考えてみると、近年では、サンデーサイレンスやトニービン、ブライアンズタイムが強いのを出していれば強い世代、それらが頼りないと弱い世代と呼ばれているように思う。弱い世代ということでは現5歳の97年生まれが代表的だが、この世代の古馬G1勝ちは、エイシンプレストンの国際G12勝、アグネスデジタルの国際G11、統一G12、JRAG12、ノボジャックとレギュラーメンバーが統一G1各1、ゼンノエルシドがJRAG11と合計10勝していて、トータルでは水準を立派に満たしているばかりか、国際G1勝ちの数では史上屈指のハイレベルというべきだ。それが世間的にそのように捉えてもらえないのは芝長距離部門の不作によるが、テイエムオペラオー=メイショウドトウ時代に見るように、2000m以上の芝長距離G1はだいたい一見さんお断りの排他的クラブ内での争いに終始する場合が多くてクラブ内の序列は結構固定的だ。しかし、ダートや短距離戦線ではそういう序列お構いなしに、デキのいいのが下から上がってくるわ、長距離路線では長いというのが矛先を向けてくるわ、地方にも強いのがいるわと、競争という面ではむしろ芝長距離部門より激しい。近年のマイル路線に確固たる存在を見ないのは、そういった全体的なレベルの底上げと競争の激しさによる部分もあって、ニホンピロウイナーが独走した時代から比べると、想像以上に大きな進歩を遂げているのかも知れない。正直いって馬券的にはどう狙っていいのか分からないくらいだが、過去10年で3桁配当は1回しか出ていないだけに、実績にとらわれるのは避けたい。そして、4歳世代が本当に強い世代と呼ばれるためには、激戦区のこの部門で5歳世代を越えていく必要があるのではないか。

 ざっと過去を振り返った印象ではダンチヒ、ヌレイエフ、ノーザンテースト、リファールといったノーザンダンサー系マイル担当血脈が強いレースで、ニジンスキー系はタイキシャトルに母系から入っていたくらい、現代的スピードの代名詞とさえいえるミスタープロスペクター系も案外だ。やっぱりダンチヒがいいのかな。というわけでは4歳のミレニアムバイオ。サンデーサイレンス×ダンチヒの配合ではダービーでマチカネアカツキが健闘したが、このパターンなら2400mより1600mの方が良さそうなのは容易に想像がつく。ミレニアムバイオの場合は、祖母ラドルチェがコノート×クレペロでドナテッロのインブリードも持った完全な欧州血統。ラドルチェの産駒には英2000ギニーに勝ち、古馬になってBCターフも制した小さな女傑ペブルスがいる。秋のマイルチャンピオンシップに比べると、スピードよりいくらか底力にシフトした血統の方がいいのがこのレースであり、その点、祖母の欧州血脈は大きくものをいってきそう。この世代のサンデーサイレンス産駒からは、2歳チャンピオン・メジロベイリー、3歳チャンピオン・アグネスタキオン、長距離チャンピオン・マンハッタンカフェと途切れずにヒーローが誕生したが、あと足りないとすれば、マイルチャンピオンだ。

 ダンツフレームの挑戦は、強い世代のクラシック善戦マンが弱い世代の強いマイラーに通じるかどうかという点でも興味深い。昨年のクラシックは、種牡馬生活のハイライトを迎えたサンデーサイレンス(まだ上があるかも知らんが)と、最後の炎を上げたトニービンの前にブライアンズタイムがたじたじとなった結果とも取れるが、長距離でギリギリの争いとなるとサンキリコでは線が細いという部分があったのかも知れない。ただし、戦いの場がマイルとなればこれはリイフォー〜リファール血脈の本領で、一時は英クラシック候補とまでいわれたサンキリコ、その血が意地を見せるだろう。母のインターピレネーは3歳春にピークを迎えて桜花賞TR・4歳牝特3着が最大の戦績で、どちらかといえば早熟だが、祖母の父はネヴァービート、そして曾祖母の父ロムルスはリボー直仔。ダービー馬タニノギムレットはリボー直仔グロースタークのインブリードをその特徴のひとつとしていたが、リボーのインブリードがあるブライアンズタイム産駒ということではこちらが先輩格。

 エイシンプレストンはこのレースに実績のないニジンスキー系だが、その俊敏さはニジンスキーというより、むしろ母系のモンテヴェルディ〜リファールに由来すると思える。そしてそれを、父の持つステイヤー血脈や、リボー直仔のステイヤーである祖母の父の血が支えているのかも。そういうとご都合主義が過ぎるといわれそうだが、案外、今どきの国際レベルで第一線を張ろうかというタイプは、旧来の良血のお坊ちゃんとは違う部分が多い。クロフネでもそうだが、どこかにオッ?とかアリャ?とかいう血を含んでいるものだ。ニジンスキーが死んで、ミスタープロスペクターが死んで、今年、シアトルスルーも死んで……。これから先はどこから“大”種牡馬が出てくるか分からない状況だし、2000年を中心とした10年間は血統の過渡期で、何が主流になるか、どこから主流が現れるか、そんな時代だとも思う。ひょとすると、10年後にはこの馬がニジンスキー系中興の祖といわれていたりして。

 △ゼンノエルシドはニジンスキー系でも日本の競馬、それもマイル戦に適した素軽さを備えたカーリアン直仔。燃えるときと不完全燃焼に終わるときの差が大きいのもこの血統の特徴だが、そこはシンコウラブリイも育てた名伯楽、きっちりと照準を合わせてきていることだろう。

 エイシンプレストンやアグネスデジタルが香港で完勝を収めているので、フェアリーキングプローンあたりのスーパースター級意外は恐れるに足りずと思われているようだが、日本馬沈黙のドバイではヘレンヴァイタリティが2着したり、インディジェナスは9歳を迎えてますます元気だったり、香港のトップクラスの層の厚さは侮るべからずだ。一昨年の勝ち馬フェアリーキングプローン、昨年の大万馬券の立て役者ブレイクタイムはともにデインヒルの仔。ブレイクタイムは96年にデインヒルが日本で1年だけ供用されたときの仔で、その年の後半、南半球で種付けされて生まれた産駒の1頭がジューンキングプローン。オーストラリアに残った産駒からは3頭のG1勝ち馬が生まれ、北に渡ってG1勝ち馬(香港ローカルG1だがこのレースも日本ローカルG1なので同格)となったのがジューンキングプローン。東京のG1に強いというか、人気以上に走るデインヒル産駒。母も祖母もオーストラリアの短距離重賞勝ち馬で、日本での瞬発力勝負にも対応できそうだ。レッドペッパーは英国生まれで欧州血脈オンリーのマイラーというかスプリンター血統。母の父シャーポのチャペルコンサートがオークス2着、ハビタット直系のメガスターダムがダービー4着という流れを見ると、不気味。

 去年のブラックホークの教訓が今年すぐに生きるとも思えないが、地力と人気の差が大きいのが穴。アメリカンボス(豊作の95年産キングマンボ)とイーグルカフェ(母の父ヌレイエフ)がその候補。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2002.5.31
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