2001NHKマイルC


巨艦を切るグレイソヴリンの瞬発力

 マル外マイル路線とクラシック組のどちらが強いかという議論がピークだったのはエルコンドルパサーとスペシャルウィークのいた98年で、その年に生まれた馬は外国産であっても今年からダービーを頂点とする“内国産クラシック”に越境できるようになった。今年の3歳戦線を見ると、どっちみちそう多くの外国産馬がダービーの出走権を得られるわけでもなかったようなので、結果論でいえば、外国産馬だけにハードルを置いてダービーへの道程がアンフェアなものになっただけという傷を残した。ま、このへんはゲームが始まる前に発表されているルールなので、参加者が納得ずくで臨めばいいわけだが、例えば今回のようにダービーを目指して一貫して2000mのレースを選んできた馬が、突如(でもないか)1600mに出てくるのもどうかなあと思う。まあ、しかし考えてみれば、このレースは成り立ちからして、飽和状態のマル外パワーの爆発寸前のガス抜き的に場当たり的に始まったものだからして、そういう矛盾を抱えた“出島”のような特殊なレースになってしまうのは仕方がなかった。シーキングザパールやエルコンドルパサーのように才能に溢れたものはNHKマイルC以上のタイトルをちゃんと手に入れるし、そうでもないのはそうでもないなりにしかすぎないというのはこれまでの5回でほぼはっきりしている。これから先、重要なのはこのレースにいたるまでにこのレースが春の3歳マイルチャンピオン戦となるような長期的な番組を組むこと、そしてそれができないのならレースの格に応じたグレード認定(もちろん降格もあり)のシステムを作ることだろう。日本ダービー馬でもその後は鳴かず飛ばずという場合があるし、ジャパンダートダービーにいたってはなにをかいわんや状態なので“その後”に関しては一概にはいえないが、5年やって安田記念に繋がらないマイルG1というのはこれはどうかなあと思わざるを得ない。

 クロフネは2歳トレーニングセール出身馬で、近年ではカリフォルニアの「バレッツ3月セール」以上の人気を集めるフロリダの「ファシグティプトン2月セール」の出身馬。日本でもおなじみの名前では、かつてはスピードワールド、最近でもノボトゥルーがこのセリから出ている。母は米ローカルのステークス勝ち馬で、その半姉にはG1ヴァニティ招待Hなど重賞6勝のA級牝馬ブロートツウマインドがいる血統だが、普通に考えてフレンチデピュティの産駒なら堅実に稼ぐマイラーというイメージで、このような悠然とG1を狙う大物という実像は考えにくい。1歳秋の7万jの価格が2歳春に43万jにまでなっていたのは、血統的背景と実馬の価値のギャップがそれだけ大きかったということで、このあたりはオグリキャップに通じる部分がある。母の父もほとんど無名の種牡馬で、米クラシック前哨戦にちょこっと名前を出した程度で、その父パゴパゴでやっと知る人ぞ知る存在(オーストラリアで2歳時に活躍、ダンシングブレーヴの祖母の父、カルストンテスコの母の父、最近ではオースミステイヤーの祖母の父)といえるレベル。3歳の現時点ではステイヤー風だが、オグリキャップの米国版か、あるいはスピードワールドの長距離版なのか判然としない。いずれにしても、今年のレベルではマイラー、ステイヤーという区分け以前に“排気量”の差がはっきりしていて、4000cc対ほかの2000ccという感じもするので、相手探しと割り切ってもいいかもしれない。ただ、果たして排気量の違いだけで押し切れるかという疑いもちょこっとあるのは事実。マヤノトップガンが3200m走って上がりを34.2秒で上がってくるからといってマイルで勝てるかというとまた別問題で、マイラーの上がり34秒台とステイヤーの上がり34秒台というのは数字では似たようなものでも、たぶんきめ細かく見ると全然違うのだと思う。そのあたりにウイークポイントがありはしないかということで。それに、ここはダービーへの通過点に過ぎず、どうせ通過点にするなら青葉賞より“マイルG1”の方が良かろうということもあるような気もするし、このあたり、とにかくとりあえずNHKマイルCに全てを賭けるという過去のA級マル外のような必死さが感じられない部分もちょっとだけ気になる。

 ネイティヴハートは2、3着続きだが、いわゆる“ジリ”で惜敗しているのではない。父のスターオブコジーンはその母系の持久力にコジーンの切れ味を加えた名中距離馬で、走る格好は良くなかったが、サッと行けてスッと切れる小気味の良い芝馬だった。今と違って当時はアメリカの芝のレベルも高かったし、ジャパンCでももう少していねいに瞬発力を生かす競馬をしていればもっと前にきた(レガシーワールドの年、最後方から超大外を追い込んで5着)。ネイティヴハートの場合は父以上に、祖父コジーン以上に、グレイソヴリン風の鋭いが繊細な切れ味が身上だし、右回りではどうしても外に逃げるので、菅原騎手にとってここ3走はちょっとずつアタリを取りながら、手探りしている部分も多い戦いだったと思う。前走でその微妙なギリギリのポイントを掴んだと思われた途端に乗り替わりというのは残念だが、クロフネを負かすとすればそういう一か八かの瞬発力勝負を賭けられるタイプしかいないだろうということで。祖母サンサンは凱旋門賞馬で牝系の格という点からも遜色はないし、むしろこういう瞬発力を引き出す配合で最大限にその良血が生かされそうだ。

 コジーンつながりで、スティーマー。一流馬の途切れないネイティヴストリート系に、マイルのレコードホルダー・ドクターフェーガー(マ1:32、61Kで!)、シンコウラブリイの父カーリアン、BCマイル勝ち馬コジーンと、都合のいい部分だけ抜き出せばマイルの申し子とさえいえる配合。メジロマックイーン、ステイゴールド、トゥザヴィクトリーの池江厩舎だけに古馬になってさらに良さが出てくる馬だろうとは思うが、プリンスキロの4×5は、東京で、一気にしかし長く力を爆発させるようなレースには合うのではないだろうか。

 景気の沈滞とともに高馬、良血がどんどん輸入されることもなくなって、エルコンドルパサーの世代あたりを境に外国産>内国産という力関係は崩れた。となると全体的な素質の面で短距離路線よりクラシック路線の方が上といえそうで、独自路線を強いられるクロフネを別にすると、クラシックに乗ったシャワーパーティーの素質もここならまだまだ見限れないと思う。チョコチョコ走りの母アンフィニィの仔で、兄もその切れ味を生かしてローカル重賞を主戦場としたマイヨジョンヌ。身のこなしに伸びが今イチで東京向きというタイプでもなさそうだが、G1でのブライアンズタイムの底力を考えれば、侮れない部分を残している。

 ヤングモンタナは抜群の切れ味で京都記念など重賞4勝を挙げたワコーチカコの半弟。父が替わって瞬発力タイプから平均的スピード系にシフトしているのは確かなようだし、スターロッチの系統はちょっと奥手な面もあるので、いきなり勝ち負けとなると苦しいかも知れないが、フォーティナイナー×マルゼンスキー牝馬の配合なら間違いなく非凡な部分を秘めているはずだ(ファンタジーSのタシロスプリングがこれと逆のマルゼンスキー×フォーティナイナー牝馬)。シーキングザパール、エルコンドルパサー、イーグルカフェとこのレースで3頭の勝ち馬を出すミスタープロスペクター系で、その大御所としてちょっと面目がつぶれかけなのがフォーティナイナー。いっちょ日本でもG1馬を出してやるかと思っていれば怖い。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2001.5.4
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