2001菊花賞


英国長距離血統の面目

 菊花賞がこの時期に移って2年目を迎えた。去年のこの欄では「10年もすれば馴染むんではないか」と無責任なことを書いたが、どうも巷の評判は良くない。エアシャカール以下、去年の菊花賞上位馬のその後を見ればそれももっともで、秋以降のG1戦線を充実させるべくとられた施策が少なくとも1年目の結果を見る限りでは3歳馬つぶしにしか働かなかった。英セントレジャー→凱旋門賞というルートはニジンスキー以来の悪評にもかかわらず今もそれなりに機能しているので、それを日本に置き換えて、3歳A級馬は秋に一度使って菊花賞→ジャパンCというステップをJRAとしては考えたのだろうが、ヨーロッパと日本では気候が違えば3歳馬の成熟度も違い、そう思惑通りには行かなかった。ま、そういうのも何年か経過すればそれなりに対処していけるようになるのかもしれないが、明らかな失敗だったのは、健康体だった菊花賞にメスを入れたことだ。菊花賞のモデルはセントレジャーで、ヨーロッパでは衰退する超長距離路線の流れに沿って、フランスとアイルランドは古馬に開放することで格を保ち、ドイツは最初からG2なのでそれほど問題にならず、G3でしかなかったイタリアは95年を最後に消滅してしまった。本家のイギリスは3歳限定で何とかG1の格を保っているが、これも最後の一葉ということで結構それなりの馬が集まるためで、レースの活力というか、そういうのはもうそれほど残っていない。そのように瀕死の状態であれば、それなりの改革が必要なのは分かる。しかし、菊花賞には日本ダービーやジャパンCにひけを取らないだけの旺盛な活力があった。それなのに、今のところどこも悪くないのに「えー、西欧の事例に鑑みますと、あなたはいずれボロボロになります。この際ですから思い切って手術しちゃいましょう」というわけでこうなってしまった。なってしまった以上、こちらとしては今後の経過を見守るほかなく、10年経って「あの時の日程変更がなあ……」といった事態にならないことを祈るばかりだ。

 ひと夏越して未知の3000m。それでもこれまでは春の勢力図が大きく変わることはなかった。春のトップがいなくなったとか、秋を迎えて急速に力を付けた昇り馬がいた場合は別だが、実際、春にそれなりの実績を残していないと、食い込むのは難しい。でも、去年の日程変更は、春の実績馬により強いプレッシャーをかけることになった。単純に強さの順番でいえばジャングルポケット、ダンツフレーム、エアエミネムとなるだろうが、ジャングルポケットは札幌記念から始動したし、ダンツフレームはこれでもかこれでもかと毎週2回の追い切りを消化し、エアエミネムもいわば夏休み返上で春の実績馬に追いついた。しかも、それぞれが血統面ではちょっとずつ死角を抱えているだけに、必ずしも世代最強でなくても、ここでの勝ち負けは可能だといえないだろうか。

 テンザンセイザの母は英G2パークヒルSの勝ち馬。パークヒルSはセントレジャーの牝馬版で、京都でドンカスターSが行われるのと対になっている交換競走(なにを交換するのか分からんが)でキッカショウ・パークヒルSとサブタイトルが付いている。今年からG3に落ちてしまったが、それでもなかなか重要な一戦で、むしろ字面の血統ではセントレジャー以上にスタミナ色の濃いタイプが活躍し、過去にはハイホーク、シュートアライン、ロイヤルハイブやアフリカンダンサーといった日本にも少なからぬ影響を与えた名牝が巣立ったレースなのである。母の叔母にあたるリジュヴァネートもパークヒル勝ち馬であり、母の祖母、ということはテンザンセイザの曾祖母ミスペタードも英G2リブルスデールS勝ち馬。このリブルスデールSも重要な牝馬限定長距離戦(12F)で、前出ハイホークやシュートアラインのほか、ペンタイアの母ガルヌック、そして今年の凱旋門賞馬サキーの母タワキブもこれに勝った。まあ、血統的にはあかの他人が勝ったレースでテンザンセイザには関係ないといえば関係ないのだけれども、英国長距離戦がまだそれなりに威厳を保っていたころのことだから、スタミナに関しては信頼していいのではないかということ。祖母の父ハビタットがどうかという向きもあろうが、これで結構、名スプリンター・ハビタットはステイヤー血脈に入ってもスタミナ面で脚を引っ張ることなく決め手を付与するという都合のいい存在であることが多く、その代表例は97年の凱旋門賞をレコードで差し切ったパントレセレブルだ。前走でも、もうちょっと伸びて欲しかったと思うが、ダービー前に比べれば数段いいと思える調教過程。それに過去を振り返ると、このレースの勝ち馬の母の父はブランドものが多い。カーリアンなら文句なしだろう。父はなぜかこのレースでは3着が多いが、それをいいだすとジャングルポケットだって?となる。スタミナ豊富な牝系にトニービンの決め手、今回はそれに賭けます。

 ダンツフレームの牝系はモンテプリンス、モンテファストの天皇賞兄弟が出るマリアドロ。父もこのレースで勝ち馬2頭、2着馬1頭を出す。ネックはサンキリコということになるが、これだって2歳時は翌年の英クラシックの前売りで人気したくらいだし、そうもマイナスにはならない。鞍上もフランス滞在の最後にきっちりG1に勝って、凱旋門賞では5着狙いの競馬で3着に持ってきてしまうひとだ。

 ジャングルポケットは母の父がヌレイエフといっても、幾重にもハイペリオンを重ねられた配合なのでいわれているほど距離の問題はないとは思う。スローに落ちて大歓声にさらされるスタンド前を無事通過できればといったところ。

 △エアエミネムは2400〜2500mのG1勝ち馬も出すデインヒル産駒だが、デインヒル産駒独特の、銅像のような質感というか、そういうのはやっぱりこの馬にもあって、3000mでどうかなあという部分は残る。もうちょっと軽いタイプでないと……、と個人的には思うのだが、1000勝トレーナー(このレースまでには達成されているはずだ)が勝算ありとして出てくる以上は敬意を払っておくべきだろう。

 サンライズペガサスは前躯がブライアンズタイム、後躯がサンデーサイレンスという感じで面白い。父と母の父がブランド品というだけでなく、牝系もしっかりしている。今後増えてくるはずのヘイルトゥリーズンの孫の両巨頭、サンデーサイレンス×ブライアンズタイムの配合。これが成功するようだと、日本のサラブレッドの国際的な競争力ももうひと回り大きなものになるだけに、注目しておきたい存在だ。

 以下、3000mならではの穴馬ということで、過去の例でいうとトウカイパレスやダイワオーシュウのようなタイプを……。メイクマイデイは、阪神3歳牝馬Sのアインブライドやダート王メショウホムラの出る牝系で父はブライアンズタイムと同血の米芝チャンピオン。隠れBTといえる存在だ。チアズブライトリーの母はエルフィンS勝ちの素質馬。アンバーシャダイ風の細身で、ハイペリオンも濃いだけに3000mは歓迎だろう。あとは忘れてならないリアルシャダイのタニノトリビュート


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2001.10.19
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