5月もなかばを過ぎて、北半球各国のクラシック戦線も佳境を迎えつつある。ここでちょっとこれまでの結果のおさらいを……。
なんとまあ、ほとんどのレースの勝ち馬がミスタープロスペクター血脈がらみ。“ギニー”はマイルなので当たり前といえば当たり前で、われながらいつも通りのわざとらしいイントロとは思うが、これほどミスタープロスペクター系が幅を利かした年はかつてなかったような気がする。“超”大種牡馬ミスタープロスペクターが死んで初めて迎えた2000年のクラシックシーズン。何といっても象徴的だったのはフサイチペガサスのケンタッキーダービー制覇で、すでにプリークネスSもベルモントSも勝っているミスタープロスペクター直仔にとって、これが意外なことに初めての“ダービー”だった。最晩年に最高傑作(候補)を出す底力はさすがミスタープロスペクターで、古馬に孫のドバイミレニアムがいることを考えると、今年はミスタープロスペクター追悼イヤーとして記憶されることになるのかもしれない。 ミスタープロスペクター系の米三冠独占はそう珍しいことでもなくて、一昨年はリアルクワイエト(ケンタッキーダービー、プリークネスS)、ヴィクトリーギャロップ(ベルモントS)がともにミスタープロスペクター系だったし、その前は1995年、サンダーガルチ(父ガルチ)がケンタッキーダービーとベルモントSに勝ち、ブリーダーズCジュヴェナイル勝ちのティンバーカントリーがケンタッキーダービーでサンダーガルチの3着を経て2冠目のプリークネスSを制した。この年が最初のミスタープロスペクター系による三冠独占。現役時のティンバーカントリーは道中は押っつけ通しで、そう切れるわけでもないが前潰れに乗じてグイグイと来る差し馬。結局プリークネスSを最後に引退して日本で種牡馬になったわけだが、一種ウッドマンらしいというか、立ち姿は素晴らしいが走らせると不細工で追って伸びないという産駒を多く出しながらも、昨年はフレッシュマンサイアーのチャンピオンに就き桜花賞にも2頭の産駒を送り出した。だいたいウッドマンにしても、それほど期待されていたわけでもない初年度の産駒から大物が続出し、大種牡馬の地位を得たと思ったらさっぱり走らなくなり、かと思うと今年あたりからまたG1級がちらほら出てきてつかみどころのない部分があるが、ティンバーカントリーにもそういう面は確かに受け継がれているようだ。そして何より、ティンバーカントリーの最大のセールスポイントはその牝系にあり、母のフォールアスペンはG1メートロンSに勝って、産駒にティンバーカントリーを含めて4頭のG1馬を出し、孫には4頭、曾孫にも1頭のG1勝ち馬が出ている。今をときめくドバイミレニアムもフォールアスペンの孫なので、この系統の繁栄は今まさに進行形であり、これからの日本を背負って立つテイエムオペラオーもフォールアスペンの祖母から出ている。要するにティンバーカントリーは仮に何のタイトルもなかったとしても種牡馬になれただろうし、そこそこの実績は残せたと思えるくらいの良血。キングマンボやシーキングザゴールドらと同じく、“超”がつくくらいの良血牝馬との配合で成功しているあたりもミスタープロスペクター系のエリート種牡馬らしいといえばらしい。 ◎サニーサイドアップは目下ティンバーカントリー産駒の稼ぎ頭で、桜花賞のレースぶりはいかにもオークスでと思わせるものだった。前走がアクシデントで出走取消というのは嫌だが、ま、運があるのなら取り消したのがかえって良かったというケースもあるわけで、そんなに気にすることもなさそう。祖母のウィスプオウィルは当初しょうもない種牡馬ばかり配合されていたが、4番仔のギャラントボブが重賞でも活躍するようになって配合種牡馬のクラスが上がり、最高級のシアトルスルーとの配合で生まれたのがこの母。サニースルーの競走成績は13戦1勝と貧弱でファミリーも特に名門というわけでもないが、その配合は緻密で、アメリカ土着血統の上に欧州からの輸入血統を重ね、シアトルスルーが入って一気にA級へのステップアップを果たしたという感じ。ま、何といってもシアトルスルー牝馬にティンバーカントリーというのがこの配合の見せ場であり、クライマックスであり、G1級のパワーを感じさせる部分。ミスタープロスペクターもシアトルスルーも、レコードに次ぐレコードで15勝を挙げた名牝マートルウッドの末裔。無敗で三冠を制したシアトルスルーと、三冠馬セクレタリアトと同期のスプリンターで種牡馬として三冠馬以上の成功を収めたミスタープロスペクターの組み合わせは、同牝系でしかも父系はかたやボールドルーラー、かたやレイズアネイティヴという米国の代表的血脈の結合であり、この配合の良さは、名牝ソングの近交が表面に出たエルコンドルパサーの配合においても、隠し味以上の役割を果たしていたと思う。それに加えてマートルウッドとフォールアスペンという米国を代表する世界的な新旧の名牝の組み合わせも妙。 伊藤雄二師は新刊の「調教師・伊藤雄二」の中で、「和田もテイエムオペラオーを3回に分けて追ったらええんちゃうか」というようなことを語っている。1回のロングドライブでも力のある馬だから押し切れるが、ひと息でかたをつけようとせずに、ハミをかけ直すというのか“ハミを新しくする”(要するにハミの感触を新鮮にしてやるということなんやろね)ことでまたギュンと伸びるものらしい、馬というのは。欧州の一流騎手はそのあたりに長けているから、サドラーズウェルズ系なんかが最後の決め手比べでギュンと伸びる。和田騎手がそれを読んで、オークスの○カリスマサンオペラはオペラオーと同じオペラハウスの仔やないか、ちょっと実験してみよかというのでそういうふうにやったら、うまいことはまったりしてね。 ▲シルクプリマドンナはブライアンズタイム×ノーザンダンサーの“ナリタブライアン配合”。チアズグレイスは追われて叩かれると尻尾を振ってイヤイヤするが、これが距離面の足かせとなるか、あるいはアルナスルから来る気難しさで2400mそのものには問題ないのか、これはやってみないと分からんだけに△。レディミューズはティンバーカントリー×名牝。母は名マイラーだが、血統だけいえば2400mの名牝に育っても不思議なかった。×。 大穴で、父も母の父も凱旋門賞馬で、祖母の父がかつての長距離大レースでたびたび穴を開けたハードツービート(仏ダービー馬)という2400mの申し子のようなハーバーキラリ。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.5.21
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