2000NHKマイルC


ミスプロ系職人種牡馬の新たな一面

 毎年3月にカリフォルニアで行われるバレッツ3歳トレーニングセールの売り上げの65%を日本人バイヤーが占めたのが95年。その翌年、つまりその65%世代が4歳を迎えた年から始まったのがこのレースで、今から思うと当時が熱狂的なマル外ブームのピークだったようだ。その後、タイキシャトル、シーキングザパール、グラスワンダー、エルコンドルパサーといった94、95年生まれの超大物がトレーニングセール以外から出たこともあって、米国の3歳トレーニングセール熱というのは日本の景気の冷え込みにともなって沈静化をたどり、今では“ひとつの実用的な購買機会”に落ち着きつつある。さらに先週の天皇賞の結果でも明らかなように中長距離で内国産馬に対抗できるのはグラスワンダーくらいしかいなくて、短い距離は外国産、長距離は内国産という棲み分けも確立され、輸入馬の侵攻もすでに峠は越えたといえると思う。日本ダービーが外国産に開放されるなら長距離向きのを買ってくるというひともいるが、そのあたりになってくると高級品はマクツーム家などの大富豪の自家生産馬でなかなか手に入らないか、手に入っても果たして内国産馬にかなうかどうかといった中途半端なレベルになるはずで、日本ダービーや春の天皇賞が輸入馬に席巻されるという事態は想像し辛い。

 とはいえ4歳のこの時期、マイル戦なら輸入馬優勢なのは今年も変わりなさそうだ。この世代のマル混重賞は3歳時が12のうちマル外が4勝、チャンピオンは牡馬が米国産のエイシンプレストン、牝馬が内国産のヤマカツスズランでダートが米国産のアグネスデジタル。マル外の使いだしが内国産より遅いことを考えると、まあ、四分六でややマル外優勢。4歳になるとマル混重賞は9あってマル外が7勝、クラシック路線以外ほとんどマル外が勝ち、グラスワンダーやエルコンドルパサー級のスーパースターはいないものの、ほぼ例年通りにマル外優勢の傾向が出ている。そういう大勢には変わりはないが、エイシンプレストン、シルヴァコクピットの戦線離脱で、内国産馬にもこれまでの最高着順(97年ショウナンナンバーの3着)を更新するチャンスが出てきたかなという感じ。

 アグネスデジタルは3歳時のダートチャンピオン。芝の重賞は未勝利だが、今年から兵庫チャンピオンシップ→名古屋優駿→ジャパンダートダービー(またはグランシャリオC)という上半期の4歳ダート路線が確立されたので、これまでのところは、こういっては何だが「ダメならダートに帰ったらええやん」という力試し的な色合いが強かったと思う。でも、前走でそこそこ手応えをつかんで、さらに強いのが2頭抜けた。今回初めて芝で「やったるでえ」というシチュエーションになった。大体、調子に乗ってガンガン使ってきた早熟なマル外が息切れするのがこれまでのこのレース。それを考えると、これまでの過程で十分に余力があって、ピークをここに持って来られたことのアドバンテージは大きい。

 父のクラフティプロスペクターは昨年6月に世を去った大種牡馬ミスタープロスペクターの初期の仔で、3〜5歳時10戦7勝、2着2回、3着1回のほぼパーフェクトな成績。ただ、G1ガルフストリームパークH2着があるものの、1年に3、4回しか使えなかったので大きなタイトルはないし、産駒もG1勝ちはブリーダーズカップで足りない面々が争うシガーマイル(旧NYRAマイル)に勝ったディーヴィアスコースと、カナダローカルG1のゴールドマイナーズゴールドだけだから、錚々たるメンバーで構成される“ミスタープロスペクター後継馬会”では準会員といったところ(想像)だが、玉石混淆、一か八かの天才肌が多いミスタープロスペクター系では最も堅実にミスタープロスペクター系らしいスピードを伝えてきた職人肌の種牡馬。ステークス級やG3で強くて、G2はまあまあ、G1では足りないという産駒の傾向は、スピードはあるけど底力不足というもので、これまで日本で走った産駒も、ストーンステッパーとかトキオクラフティーとか、実際にそういうタイプだった。でも、そういう傾向は種牡馬が年齢を重ねるにつれてだんだんと変わっていく。近年では一昨年の北米リーディングサイアーについたデピューティミニスターや昨年のリーディングサイアー・ストームキャットがその好例。どちらも産駒の大部分は早熟なスピード馬で大物が出ても牝馬というそれまでの傾向を覆し、ブリーダーズCクラシック勝ち馬を出して種牡馬リストのトップに立った。1979年生まれのクラフティプロスペクターも、そろそろこれまでの集大成となるような晩年の傑作を出していいころだ。しかも、アグネスデジタルの場合は、母系がともするとこの父とはミスマッチといえるほどのステイヤー。母の父チーフズクラウンはアメリカの名馬なので競走成績からはステイヤーとは分かりにくいが、これはセクレタリアトの影響の強い米国型ステイヤーと思う。そして祖母の父が凱旋門賞2連覇の名馬アレッジドで、ワイルドリスクの娘の曾祖母がブラッシンググルームの母であれば、蓄積されたステイヤー的要素というのは相当大きい。3歳時、気合も全然なく、のたのた牛のように歩いていて、とてもクラフティプロスペクターの仔とは思えなかった姿は、そういう母系の影響だったのかもしれない。クラフティプロスペクター産駒というと、たとえばコンピューター・ゲームのプログラムでは「スピード=A、ダート適性=A、距離適性=短、底力=C」と表されるだろうが、そういうデジタルな父の産駒像には収まらない馬だと思う。

 内国産でマイネルブライアン。母がフラワーC2着で、半兄マイネルモンスターはダートでオープン(でも重賞勝ちなし)、祖母の産駒に阪神3歳S2着のヤマノスキー、ファミリーの重賞勝ちはマイネルビンテージの京成杯とかマルブツサンキストの小倉記念とか……。フロリースカップ系でこのサンキストの分枝は水準は高いが控え目で、ドカーンと大物を出さない。でもまあ、スペシャルウィークなんかはフロリースカップ〜シラオキ系でも傍流から出たわけで、いつなんどきドカンと来るかは分からん面もある。母の父がブルードメアサイアーとしても優秀なトウショウボーイで、父はこういう奥ゆかしい牝系を一気にG1レベルに高めるのが得意技。ひょっとするとファミリーの禁(?)を破ってNHKマイル→ダービー連覇という極めて派手なパフォーマンスを見せるかも。

 スイートオーキッドは和田家の仏重賞勝ち馬ケンブの3番仔。グリーンデザート産駒の兄シンボリスウォードがスプリンターで、それより配合的に優れているかどうかはよく分からないが、父の産駒には英2000ギニーのザフォニックにBCマイル2勝のダホスと、はまればマイルG1に強い仔が出る。この配合では父の持つセクレタリアト、祖母の父ターゴワイスがともにボールドルーラー×プリンスキロという米国の定番ニックスなのがミソ。

 △トウショウトリガーは放馬であわや発走除外のところを何とか勝った。JRAもホッとしたことだろうが、レース前に逃げて、レースでも逃げ切ったのが偉い。牝系はトウショウボーイのソシアルバターフライ系、父は欧州の名マイラー。軽視できない良血だ。

 ところで過去4回、マル外の代名詞ともいえる米3歳トレーニングセール出身馬は1度も連対していない(ブレーブテンダーは主取りだったが)。で、人気でもマチカネホクシンとイーグルカフェとトーヨーデヘアはアウト。こういうジンクスというのは気付いたとたんに崩れるものであり、あと1Fあたりからこれらが揃ってグイグイ伸びてきそうな気がしないでもないが、ま、そういうことで無印です。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.5.7
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