今年から菊花賞はこれまでより2週間早くなった。今どき花なんて温室と電灯でいつでも咲かせられるので、菊が11月だろうと10月だろうとどうでもいいようなものだが、たとえばダービー馬が夏を休養に充てて秋を迎えて仕上げのテンポを上げていくような伝統的なステップを踏むにはちょっと助走距離が短いし、2度3度と前哨戦を消化して、三冠の最終関門に向けて役者が揃ってぐぐっと雰囲気が盛り上がっていくということもなくなった。要するに、有能な4歳馬は限定戦は早目に切り上げ、ジャパンC〜有馬記念の古馬路線に向かいなさい、どうしても菊花賞がいいなら夏に休まず札幌記念でも使って態勢を整えなさいということかも。これまでのようにスターホースに悠長に4歳限定戦にとどまられていては、いつまでたっても秋のチャンピオン戦線に厚みが加わらないということだろうし、4歳が古馬とトップクラスで互角に戦えるようになるのがようやく年も押し詰まった有馬記念という現状はあまりにものんびりし過ぎで、宝塚記念にダービー馬が出走してくることなんか夢の話になってしまう。ま、先鋭的な部分では、4歳秋の選択肢は菊花賞か、凱旋門賞か、ブリーダーズCか、ジャパンCかという考え方をするひと(森調教師あたりは普通にそう考えるだろう)もいるはずで、ファンの心情を置き去りにしてまで進めるべきかどうかの問題をはらんでいるのは確かだし、菊花賞自体のステータスが低下するのも避けられないが、10年後には番組の改編が全体としてはこれで良かったのだということになっているかもしれない。いずれにしてもあと2、3年は今年のような妙に座りの悪い菊花賞になるだろうし、ことによると古馬への開放まであり得るだろう。でも考えてみれば、菊花賞の3000mに意味があったのはメジロマックイーンやライスシャワーが勝ったころまでだったのかもしれない。 秋華賞は夏場使われてきた馬が春の実績馬を抑えた。これはローテーション的なもの、馬場状態などあったと思うが、一番の要因はヤマカツスズラン抜きで戦われた春のクラシックがそれほどレベルが高くなかったということ。その点、牡馬戦線はダービーの着差が示す通り、アグネスフライトとエアシャカールがずば抜けていて、この秋のステップレースの結果から見ても3位以下のグループとは依然として大きな差がある。春のクラシック馬の本番への助走距離の不足も、今年の場合は秋の昇り馬が台頭するチャンスを減らしたということで、むしろプラスに働いた。今回は春の実績馬を素直に信頼していいのではないか。 ◎アグネスフライトは祖母がオークス馬アグネスレディーで母アグネスフローラは桜花賞馬。4代母で英国産の輸入牝馬ヘザーランズがイコマエイカンを産んで以来30余年を経た牝系だが、これだけ血統の更新サイクルの速い今どき、生き残るだけでも大変なのに3代に渡ってクラシック勝ちを達成したのは凄いことだ。リマンド産駒のレディーがオークス、ロイヤルスキーのフローラが桜花賞、サンデーサイレンスのフライトがダービーと、結果的に配合された種牡馬にもっともふさわしいタイトルをしっかりと手に入れているあたり、種牡馬の個性を生かしつつ産駒に高い能力を伝える名牝(系)の鑑とさえいえそうだ。アグネスフライトはデビュー時が太かったせいかロイヤルスキーの影響が強く感じられて、体に実の入ったこの秋もロイヤルスキーらしい堂々たる馬になってきたような気がする。それが3000mでいいのか悪いのかは微妙な部分があるし、いくら母がオークスでも惜しい2着だったからといって古典的ステイヤーに求められるようなタイプのスタミナを備えてはいないだろうが、今の京都の軽い馬場なら、まあ大体、大丈夫。 ダービー以後のエアシャカールは、やはり目に見えない疲れがあったようで、“キングジョージ”では2着はあるメンバーで実際そういうレースになったが最後にササッて伸びず、前走も遠征の疲れが尾を引いていたような内容。でも、サンデーサイレンス産駒の一流馬はこういう落ち込みから立ち直るのが凄く早い。逆にいうと、ずっと勝ち続けてきてるのよりも、コテッと負けて、一種のガス抜きを経てここ一番に臨んだものの方が結果はいい場合が多い。イレ込む、ササる、モタれる……とサンデーの欠点を漏らさず受け継いだようなもんだが、鞍上はサンデーサイレンス産駒の世界的権威といえるひとやからね。そう何回も続けて失敗するわけがないし、秘策も考えてきているに違いない。○。 上位2頭の力が抜けているとはいっても、サンデーサイレンス産駒で実際に勝ったのはダンスインザダークだけで、スペシャルウィークはセイウンスカイに逃げ切られ、アドマイヤベガは末脚不発のままに終わった。ダービーほどサンデーサイレンス血脈に信頼の置けるレースではないし、アグネスフライトもエアシャカールも母の父はともにラジャババからボールドルーラーへと遡る。未知の部分が多い3000mの超長距離なら付け入る隙は十分残されている。▲トーホウシデンは5年前の勝ち馬マヤノトップガンと同じブライアンズタイム×ブラッシンググルームの配合で、80年代の代表的名馬エルグランセニョールから最近のザール、リダウツチョイスまで、一流馬が続出する牝系の格を考えればマヤノトップガン以上とまでいえる。マヤノトップガンがサンデーサイレンス産駒のダービー馬とオークス馬を破った状況も今回と似ていて、アンチ・サンデーサイレンスとなるとやっぱりブライアンズタイムになるもんね。二番煎じといえば確かにその通りで、たとえばサンデーサイレンス×ニジンスキーのように一般的に相性がいいといわれながらも実際に同じパターンの配合で同じように一流馬が出るケースは確率的にはむしろ少ないのだが、ナリタブライアン〜ファレノプシス〜シルクプリマドンナと同じような配合パターンで三度成功した例もある。本当は成長するのをじっくり待って、5歳で期待したいような馬だが、うまく折り合って進めれば、一発逆転までありそうだ。 大穴でカリスマシルバーに△。現状ではG3でも印は付かないだろうし、芝未勝利では常識的には苦しく、今の高速馬場では絶望的とさえいえる。それでも3000mとなると、3000mで目覚めるというタイプがいるのも確かで、マヤノトップガンの2着だったトウカイパレスや、馬券にはならなかったが昨年4着のタヤスタモツなど、3000mならではの大駆けだった。父の産駒はヤエノムテキに代表されるように2000mを力一杯に走って強いものが多いが、ライトカラーがオークスに勝っていて、ニジンスキー×バックパサーの配合は産駒から2頭の菊花賞馬を出しているマルゼンスキーと同じ。20歳を越えてからの仔だけに、距離適性が長距離側にシフトしている可能性は少なくない。母の父ハードツービートは名ブルードメアサイアーで、長距離での穴血統としても定評のある存在。しかもこの牝系からは祖母の孫に菊花賞馬マチカネフクキタルが出ている。堅いのは分かっているが、それではつまらん、ワシゃどうしても穴が買いたいというひとにはおすすめ。 もう1頭、同じようなタイプがスプリームコート。母は83年のオークスで最後方から追い込んでダイナカールからタイム差なしの4着。父は英・愛ダービー、“キングジョージ”と他馬を問題にしない強さでぶっこ抜き、インパクトとしてはラムタラ以上だった。種牡馬として欧州に残してきた産駒の傾向は長距離G3向きで今ひとつパッとしないが、展開がもつれて2着に食い込んでくるのはこんなタイプ。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.10.22
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