2000天皇賞・春


サドラーズウェルズ時代のピーク

 春のG1戦線のまだ序盤でこんなことをいうのも何だが、上半期で一番面白かったのは中山グランドジャンプだった。不確定要素が多過ぎていっぱい馬券の買えるレースではないが、それでもインターネットの発達のおかげで海外のデータベースに比較的簡単にアクセスできる時代だけに、苦労をいとわず調べれば結構なことが分かるわけで、どんな競馬をするのか分からん外国馬が実際にどんな競馬をするのかちょっと買って見て楽しむにはそれなりにいいレースだったと思う。賞金、招待費用その他で何億円(だろう)もかけて、売り上げが25億円ぽっちではという批判も、たとえば米国最大の“勝負イベント”ブリーダーズCシリーズが1300万ドルの賞金に対し米国全土の正規の馬券売り上げが1億ドルに遠く及ばないのを考えれば、日本の常識的な馬券売り上げが非常識にケタ外れなだけで、割りは悪いがそんなもんちゃうかとも思える。たまにはそういうソロバン勘定抜きのスペクタクルとして楽しめるレースがあってもいい。ま、中山GJはこれである程度は地域のレベルがおぼろげながら分かったし、英愛ならチェルトナム競馬場、仏ならオートイユ競馬場といったメジャー開催の大レースを良馬場で勝ってくるようなスター級が来日すればアッサリのケースもありそうだ。米国は慢性的な障害馬資源不足に悩んでいるだけに、障害G1勝ちといっても相当イキのいい強いのが来ないと苦しいみたい。そして、2着ボカボカはアジア遠征の経験豊富なドゥメン師(ジムアンドトニックでアジア圏5戦3勝2着2回)、見せ場をつくったニュージーランドのメイビーラフはジャパンCの常連だったラフハビットと同じスタッフ(父も同じラフキャスト)だったという人的要素が大きいことも覚えておきたい。

 さて、なんで障害の話から入ったかというと、ヨーロッパの障害レースが“もうひとつの競馬”としてステイヤー系の受け皿の機能を果たしている部分が血統を考える上で非常に示唆的で、ひょっとすると大きな可能性が潜んでいるとかもしれないというか、そんな感じがするから。たとえばアスコットゴールドC勝ち馬とか、日本人すら買ってくれない成績不振の英ダービー馬とか、そのあたりのG1ステイヤーには障害用種牡馬として生きる道が残されている。平地→障害というルートは現役でも種牡馬でも一方通行で、障害で一流になったから平地に返り咲くというのはないが、たとえ一方通行でもそういう道が日本にもあれば、種馬所の片隅でお茶を挽いてる多くのステイヤー種牡馬もある程度日の目を見ることができるのではないかと思うし、生きて産駒さえ出していれば、まれなチャンスを掴んで平地の一線級に育つものがないともいえない。しかも、一部の主流血脈の寡占が進む現代のサラブレッドに対して、その血を活性化する異系血脈のストックにもなり得るという面がある。

 そのへんが障害競馬に潜在しているかもしれない血統的可能性の部分だが、最近の英愛の障害界にはちょっとした異変(といえるのかどうか)が起きている。ディープランやストロングゲイル、バックスキンに代表される典型的障害血統、あるいは古色蒼然たる伝統的ステイヤー血統が圧倒的に強かったところに、平地競馬のチャンピオン血脈であるサドラーズウェルズがその勢力を広げつつあるのだ。英愛の障害には、蹴倒しても飛べるくらいに比較的低くて数も少ない障害を飛ぶハードルレースと、よっこらしょと高い障害を飛ぶスティープルチェースとがある(これも4000mを境に短距離、長距離の2つのカテゴリーに分かれる)が、チェルトナムのチャンピオンハードルを一昨年から3連覇した現ハードル王イスタブラクがサドラーズウェルズの直仔。これを筆頭にサドラーズウェルズ系は直仔だけでなく、その孫にあたるサドラーズホールの仔、アコーディオン(これは障害専用)の仔がハードル重賞によく勝っている。日本から戻ったオールドヴィック産駒も近いうちに結構出てくるだろう。そこで問題。サドラーズウェルズ系がなぜ障害に強いか——。(1)たぐって走る道悪巧者が多い……(たぶん)ピンポーン。 (2)スタミナがあるから……(う〜ん)ブーッ。これは逆にスピードがあるからなのではないか。血統というと、(短距離=スピード)対(長距離=スタミナ)という図式で考えられることが多く、確かにそれは間違ってはいないと思う。これは短距離系、これは長距離系として血統を捉えるのはとっかかりとして分かりやすいし、それに能力レベルの軸を加えれば奥行きも増す。でも、例としてサドラーズウェルズで考えた場合、短D長やクラスという軸のほかに、もうひとつレース形態の変化を含めた時間的歴史的な軸も入れた3次元的な考え方が必要な気がする。現代欧州の不動のチャンピオンサイアーで、欧州型ステイヤーの代名詞にまでなったサドラーズウェルズは現役時、英2000ギニーに勝ち、エクリプスSと愛チャンピオンS(ともに10F)にも勝ったが、仏ダービーと“キングジョージ”は2着。印象としてはマイルで最も強く、距離が伸びるとともに甘くなった。それでも種牡馬としての実績は、エルグランセニョールやレインボークエスト、セクレト、ダルシャーンといったそうそうたる顔ぶれの同期を遙かに凌いで、彼らの得意分野であった2400mでさらに強い。そして4000m級でも障害でも強い。結局、同じくらいの能力の馬がレースの後半まで同じような位置で進んだ場合、勝負を決めるのは最後のスピードだ。ま、その勝負どころまでどれだけガソリンを残してこられるかはステイヤーの資質やないかと突っ込まれるとそうですねというしかないが、ある程度そういうのは訓練というか調教というか後天的要素で何とかなるものだし、大雑把にいえば母系からスタミナのバックアップがあれば父系のスピードで勝負は決まるという面もある。昨年の米三冠を“スピード系”とされたストームバード〜ストームキャット血脈が席巻し、仕上げにブリーダーズCクラシックもストームキャットの仔が逃げ切ったこと、そして、4歳時マイラー、5歳時2000mランナー、6歳でエミレーツワールドチャンピオン=2400m級最強馬というダイラミの存在も、“スピード”が“距離”を浸食する好例といえるだろう。“キングジョージ”でペンタイアを捉えたラムタラの脚はステイヤーのスタミナによるものだ。しかし、エルコンドルパサーを捉えて交わし去ったモンジューの脚は、新しい時代のスピードだったのではないか。新しいスピード血統が時間とともに古い長距離血統の領分を浸食し、置き換わっていく。そしてまた次の新たなスピード血統がおこり、古い血統は母系に回って新しい血統のバックアップをする。サラブレッドという種、その主流血脈の歴史的推移をひとつの生き物と捉えた場合、そういう形の新陳代謝が行われているように思うし、ある意味ノーザンダンサー〜サドラーズウェルズのラインは主流父系としての頂点、スピードの完成期に入っているのだと考えられる。10年ほどしたらこれをミスタープロスペクター系が追い落とし、さらに10年ほどしたらまた別の主流血統がそれに取って代わるという流れになっていくはずだが、目下のところ、サドラーズウェルズの長距離での強さは信頼すべきだ。

 テイエムオペラオーは当時のサドラーズウェルズ直仔としては随一の切れ味を備えていたオペラハウス産駒。母がナスルーラの近交を持つ点も、今どきのステイヤーといえる。は最近特に馬自身がわざと2着を狙っているのではと思えるステイゴールドナリタトップロード、△にこれも新型ステイヤー・ラスカルスズカ


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.4.30
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